それを不運と呼ぶか否かは、おそらく人それぞれだろう。
「彗那」
「っそ、荘く」
「何をしている」
故意ではないとはいえ抱き合った状態でいる事にお互い気付いて、何故かそのまま固まってしまった私と春樹さん。
どくんどくんと脈打つ彼の鼓動を聞きながら、ああ離れなければと思っていた矢先にガチャリと開いた自室のドア。
それに反応しつつも動いたのは視線のみで、するりと動いたそれの先に見えたのは髪や肩が少しだけ濡れた荘くんの姿。
おそらく、私と同じように玄関からではなく庭を突っ切ってここへ来たのだろう。
「っあ、すっ、すみません、俺、あの、」
何も答えない私に対して、彗那!と再び荘くんが声を吐き出した瞬間、私と春樹さんとの間に隙間が産まれた。
「……あ、いえ、あの、私の方こそごめんなさい、」
荘くんに返事をしなければならない。
けれども、目の前でオロオロしている春樹さんを放っておく事も出来ず、助けてもらったお礼をすっとばして何故か私も謝ってしまった。
「彗那っ」
「っ、いた、」
「お前、今、何を」
「い、痛いよ、荘くん」
それが余程気に食わなかったのだろう。
音も、気配もなく、いつの間にか近付いて来ていた荘くんに二の腕を掴まれ、ずきりと鈍い痛みがそこを這う。
故に、視線も自ずとそこへ向かう。
「……何って、何も……転びそうになったのを春樹さんが助けてくれただけで……それよりも荘くん。部屋に来た時はノックをして欲しいって何度もい」
「あなたが春樹さん?」
なのに、荘くんの視線と私の視線が交わる事はなかった。
荘くんは春樹さんの方へと視線を向け、はい、と春樹さんが答えるのを待ってから、再び音を吐く。
「彗那を助けて頂いてありがとうございます。彗那は僕の大切な婚約者ですので」
「……い、いえ、咄嗟にお嬢様の腕を掴んでしまいまして……申し訳ありません」
「……また後日、お礼を致します。なので今日はお引き取り頂けますか?雨足も強くなって参りましたから、家の者に送らせます」
「……いえ、大丈夫です。自分で」
「遠慮なさらずに。僕の記憶違いでなければ、春樹さんは国枝さんのご子息、でしたよね」
「……あ、はい」
「お父上の跡を継がれるそうで。そうなれば、今後もお世話になるのですから……ね?」
にこり。
つらつらと言葉を並べながら浮かべたそれが作り物だって事におそらく春樹さんは気付いている。
勿論、私も。
「……はい……では……お言葉に、甘えます」
だから、黙ってた。
ぺこりと頭を下げ、部屋を出ていく春樹さんをただ黙って見送った。
ごめんなさい、ありがとう (また今度、きちんとお礼をしよう)