「あ、の、俺、あああ怪しい者じゃ、な、」
「……え、そう……なのですか?普通に怪しいですけど、」
「え」
「え?」
ふは、と同時に吹き出した。
どうして?と問われてもうまく説明出来ないけれど、小雨とはいえ雨が降っているのに折れた枝を持って怪しくないだなんて何だか可笑しかったから。
「……もしかして、国枝(くにえだ)さんの、」
「え、あ、そうです。この庭の管理を任されている国枝のその、息子っす」
「ですよね、どこかでお会いしたことがあるような気がしたので」
ふふ、と小さく肩を揺らした後その人へと視線を向けるれば不意に脳裏を過ったのはずっと庭の手入れをしてくれている庭師の国枝さん。
無論、国枝さんは五十代後半なので目の前にいる彼ではない。
ただ面影がある。
だからその名前を出したのだけれど、どうやら当たったようだ。
「国枝春樹(くにえだはるき)。次男っすけど、親父の跡を継ぐつもりで……親父について、何度かここにも足を運ばせてもらってます」
「でしたらその時ですね、きっと。お見かけしたのは」
「……あ、あの、」
「はい」
「お、俺が聞くのはオカシイかもなんですけど……その、白峰(しらみね)のお嬢様が……何で、」
なるほど、国枝さんの息子さんなら折れた枝を持っているのも納得出来る。
なんて、状況に納得していたのはどうやら私だけのようで。目の前の彼は、春樹さんは、訝しげな表情を浮かべた。
「……家に帰ろうと思いまして」
にこり、微笑めば。
彼の眉間にまた少しシワが寄る。
「窮屈なんです。何もかも」
だから私も少しだけ眉間にシワを寄せた。
だって、楽しくないもの。
お誕生日をお友達に祝ってもらったのは、いつの事だったか。
クリスマスにお友達とプレゼント交換をしたのも、いつの事だったか。
お正月に荘くんとおせちを食べて、初詣に行ったのもいつの事だったか。
「……っ、」
確かにあるはずなのにそれを思い出すのは思った以上に難しくて、じわり、視界が滲む。
ああ、しまった。いくら雨で濡れていたとしてもこれはバレてしまう。
一刻も早く、退散しなくては。
「……私、もうい」
「あのっ」
「っ」
そう思って、踵を買えそうとした私の腕にずしりと掛かる重み。
突然のそれに驚いて目を見開けば、す、と折れた枝を目の前に差し出された。
「俺がここに居るのは、これを直す為なんです」
「……あ、はい、」
「本当は親父が来るべきなんすけど、親父、酒飲んでて……明日でもいいから言われたんすけどこういうのは早い方がよくて、あの、」
「……それで、わざわざこの雨の中、来てくださったのですか……?」
傘もささずに、と続ければこくりと頷く彼。
だから何?と問いたい気持ちがないと言えば嘘になるのだけれど、それが音になる事はなかった。
「……直りそう、ですか?」
見ていてもいいですか?の代わりに漏れたその言葉。
「……分かりません」
固定して様子見ですね、と続けた彼は、はは、と小さく笑って。
「……っ、くしゅ、」
小さなくしゃみもした。
驚き、涙、笑い、くしゃみ (だ、大丈夫、ですか?)