ガヤガヤとざわめく雑音の中、荘一郎さん、と甘ったるい声が聞こえた瞬間、荘くんはうんざりな表情を瞬時に消してにこりと笑みを浮かべた。
「幸坂様、ご無沙汰しております。相変わらずお美しい」
「いやですわ、荘一郎さんたら、お上手ですのね」
真っ赤なドレスでボディラインをアピールするその人は、うふふ、と笑いながらするりと荘くんの腕に絡み付く。
寄せて上げたご自慢の胸を絡み付いたその腕にぎゅうぎゅうと押し当てて、上目遣いでぱちぱちとわざとらしい瞬きを繰り返している。
「本心ですよ」
「もう、荘一郎さんたら」
毎年毎年、違うのはドレスの色くらいだろうか。
誕生日パーティー、なんてのは名ばかりで、各界の著名人やら何やらを招いて開かれているこれはお互いのコネを増やすためもの。
汚い大人の欲望が渦巻いているどころか鎮座している。
おじ様もおば様も、本当は彗那ちゃん達と家族だけで荘一郎の誕生日を祝いたいのだけれど、と毎年嘆いているけれど周りがそれを許さない。
私の誕生日もそうだからその億劫さはよく分かる。
知らない人からすれば、お嬢様だとか、お坊っちゃまだとか、いいなぁって思うのかもしれない。いや実質思われているのかもしれないけれど、全くいいものじゃない。
誕生日はこんな風によく存じ上げない方がいっぱいに家に押し掛けてきてもにこにこしてしてなくちゃいけないし、クリスマスは膨大な量のプレゼントを貰うけれど八割方これまたよく存じ上げない人からだっりするし。
年末年始なんかは家族水入らずなんて絶対に無理でひっきりなしに家にまたまた存じ上げない方々が挨拶に来る。
来年もどうぞ〜から始まって、今年もどうぞ〜な挨拶。
それだけで私の三が日は終わる。初詣なんて、早くても五日、酷い時は勿論行けない。
「……じゃあね、荘くん、」
ぽつり、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いて彼に背を向けた。
彗那?と名前を呼ばれた気がしたけれど、振り向いたりしない。
荘くんが悪いわけじゃないのは知っているけれど、やっぱり億劫だ。
公にはされていないのに婚約者だとか、誰の為のものか分からない誕生日パーティーだとか。
色々と私には窮屈過ぎて息が詰まる。
「……香水キツすぎあの人」
思わず寄る、眉間。
やれやれ、とため息を混じらせながら向かったのは庭へと通じる窓。
パラパラと小雨が降っているせいか誰もいなくて、だからなのかは分からないけれど照明も必要最低限に落とされているから足元はあまり見えない。
それでも私はカラリと窓を開けて、そこへと足を踏み入れる。何故なら、庭を突っ切るのが家に帰るのに一番早いからだ。
玄関から帰ろうものならまず引き止められるし、それを凌いだとしても家は隣なのに車で送られてしまう。
それは本当に恥ずかしいし、面倒。
「……つめた、」
止む気配のない雨の中にぴょんっと飛び出して、軽く走る。
あ、そうだ。ちょっとだけ昔よく遊んだ木のところに行こうかな?
剪定されているけど木が何本があるから本邸からは見えにくいところで、よく荘くんとお勉強や習い事をサボるために隠れてたっけ。
なんて、何となく思いついたそれを実行すれば。
「……え、」
「っ」
「……誰……?」
がさり。
たどり着いたそこに、折れた枝を持った男の人が居た。
小雨の中の折れた枝 (……枝を折ったら、怒られますよ?)