分かっています。貴女の立場も、自分の立場も。
でも俺は、諦めませんから。
「……おい。彗那、聞いてるか?」
「……あ、ごめんなさい、お兄様……何かしら」
真っ直ぐな視線を向けて、そう彼に告げられたのはまだほんの一時間ほど前の出来事で。
当たり前だがその事が頭の中をぐるりぐるりと旋回していてそれ以外が上の空になる。
いや勿論、返事をしたものに対してはきちんとこの耳で聞いて理解した上で言葉を返しているから、それは大丈夫なのだけれど。
お兄様との絵画観賞、何を着て行こうかしら?なんてクローゼットを眺めればまた彼の言葉がリピート開始、からの、上の空。
「……鎖骨は隠した方がいい、と言ったんだ」
「……え……どうして?」
「鏡を見ろ」
とはいえ、聞き返せば勿論意識はそれに向かう。
しかし、向けたところで確実に理解が出来るかといえば残念ながらそうではない。
お兄様の言葉に首を傾げながらも鏡に向かい、そこに写る自分を見た。
「……っ、」
「気付いたか?」
瞬間、私の視線を奪った紅い跡。
左鎖骨の少し下に、ふたつ。
くっきりとそれは存在していた。
「……荘一郎、ではないよな」
「……」
「あいつはチェスをしていたからな……俺と、明け方まで」
「……お兄様と荘くんがチェス?珍しい事もあるのね」
カチャリ、クローゼットからライトグレーのワンピースを取り出しハンガーから外す。
「話を逸らすな」
着ていた寝間着をばさりと床に脱ぎ捨て、ワンピースを纏う。
「……そんなつもりはないわ。珍しいと思ったからそう言ったまでよ」
「……」
「ねぇ、お兄様。靴を選んでくださる?」
一昨年の誕生日にお兄様から貰ったネックレスを着けながら鏡のに写るお兄様へと視線を向ければ、吐き出される小さなため息。
すくりとソファから立ち上がった鏡の中のお兄様は足音も立てずに私へと近付き、す、と手を差し出した。
勿論私は、その手を取る。
「……彗那」
導かれ、クローゼットの隣にあるシューズクロークへと移動すれば、ぼそりと呟かれる自分の名前。
なぁに?とわざとらしくにこりと笑いながら、椅子に腰掛けた。
それと同じくして、跪(ひざまず)くお兄様。
「……お前は、何が不満なんだ?」
すり、と私の右足を一撫でしてから、彼は視線を上げた。
お手をどうぞ、お姫様 (強いて言うならそうね、全て、かしら)