呆気に取られた私を余所に、時間が来たからと春樹さんは颯爽と去って行った。
湿気を含んだ生ぬるい風が吹いて、さわさわと葉っぱが揺れる。
「…………え、え、と、」
あまりにも突然過ぎたそれに頭は上手く回らない。
専用部屋を作るほど集めて読み漁った少女漫画に酷似したシチュエーションは幾度となく出てきた記憶はあるものの、やはりピンとこない。
現実味を帯びてないからこそ萌え悶えられたのに。きゅんきゅんするどころか困惑の渦に囚われている。
"……婚約されてるのは分かってますけど……どうにも出来ないんすよ"
一体、どういう意味なのだろう。
読み漁った少女漫画を参考にするならば、おそらくそれは好意を示す言葉だ。
しかし、はっきりと言葉にされたわけではない。
からかわれているだけ、なのかも。
だって、そういうパターンも少女漫画にはたくさん描かれているのだから現実でもそのパターンがないとは言い切れない。
「…………お、落ちつかなきゃ、」
すぅ、と息を吸って。ふはぁ、と息を吐いた。
こんな時はそうね、紅茶とスコーンを頂きましょう。
ああ、それから。携帯の電源をいれましょう。きっとご機嫌伺いのメールがたくさん来ているはずたからお返事をしなくては。勿論、一斉送信でね。
そうね、それから、それから、と。
自分を落ち着かせる為のアイテムや行動を思い浮かべながら、くるりとふり返った。
「っそ!」
「……」
「荘、くん、」
その先に、佇む人影。
いつからそこに居たのか、びくりと肩を揺らし声を上げた私に何かを言うでもなく、腕を組んでドアにもたれかかった状態のまま私を見ていている。
「…………荘、くん……?」
またノックをせずに部屋に入ったのね!と怒りたいところだけれど、どう考えても今はその時ではない。
笑みもなく、ただただ真っ直ぐに私を見る彼は明らかにいつもと違うからだ。
「……」
「……」
一向に破られない沈黙。
こういう時はどう対処するのが適切なのだろう。
こちらから話をふってみる?ああ、でも。どんな話を?数分前まで春樹さんが来ていて、とか?いいえ、駄目ね。それは駄目な気がするわ。
となるとそうね、あ、パンダの赤ちゃんが産まれた話かしら。ううん、それも駄目ね。だって、一昨日話したわ。見に行きたい、って。
だったら、新しくオープンしたジェラートのお店の話はどうかしら?確か、珍しいフレーバーがあると話題になっていたわね。って、駄目。それは先週話したわ。一度くらいは食べてみたいわね、って。
ああ、どうしましょう。
荘くんには話したい事があると全て話してしまうからわざわざふるような話題を私は持っていない。
「……彗那」
「……」
「彗那」
「っ、へ、」
本当にどうしましょう、と頭を悩ませていれば頭上から鼓膜へと降りてきた自分の名前。
我にかえって意識を前へと向ければ、目の前には荘くんの端正なお顔。
「彗那。明日、何か予定はある?」
「……え、特にはない、けど、」
「なら、空けておいて」
「え」
一体、いつの間に。
「デート、しよう」
なんて思った瞬間、にこりと目の前にある端正なお顔が笑った。
不必要なプラスα (……………………え?)