とっくの昔に終わったの


胃がキリキリと痛むのは、おそらくお酒のせいではない。


「……あ、のさ、」

「……」

「携帯、返して?」

「……」

「……約束、したよね?」


宣言通りきっかり0時にお迎えと称した強制連行を受け、溢れんばかりの高級感を漂わせる車に乗り込んだはいいものの、互いに無言。

音なき戦いは私の住むマンションに着くまで繰り広げられていたのだが、マンションに着いてしまった以上は私は車から降りなければならないわけで、そうなると必然的に私が運転席の男へと声をかけなくてはならなくなる。


「……かえしたくねぇ」


しかし、そうは問屋がおろさないのがこの男。

いや何となく予想はついていたが、にも関わらず容易く苛立ちを覚えてしまう私はまだまだ淑女とやらにはなれていないらしい。


「…………隼汰(しゅんた)」

「……っ」

「返して」


もう二度と呼ぶ事はないだろうと、いや、呼ぶまいと封印した名前をわざとらしく静かに呼んで、差し出さた手で携帯を返せと急かす。

名前を呼ばれた事に驚いたのか、隠す事なく見開かれたその目に歓喜の色が微かに混ざる。

きっと、それがいけなかったのだろう。涙華、と相も変わらず艷を存分に含んだその声で私を呼ぶ彼はやはり一筋縄ではいかないらしい。

携帯を乗せてもらう為に広げていた手のひらをするりと通りすぎて、がしりと無遠慮に手首を掴む大きな手。

長めの袖の、その上からとはいえ、ひやりとしたものが背筋を這った。


「……触らないで、」

「……っ……悪い、」


嫌悪感を露にすれば、すんなりと解放される手首。

何の苦もなく人生を歩み続けているこの男にも、欠片ぐらいは罪悪感というものがあったのだろうか。

申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるけれど、内側がどうなっているかなんて結局のところは本人しか分からないのだから鵜呑みにはしない。


「……隼汰。ずるずる長引くの嫌だからはっきり言うけど、」

「……」

「あんたにはもう、関わりたくないの」

「……」

「プライドをかなぐり捨てて詫びる言葉も、形振り構わずすがる言葉も、悪いけど、私には何も響かない」

「……」

「とっくの昔に終わったの、私達の関係は」

「……」

「あんたが、私じゃない、他の、何人目かさえも分からない女と、二人で選んで新しく買ったベッドで仲良く寝てたあの夜に、全部終わったの」

「……」

「……昨日、あんたが私に言ってくれた言葉が本心なら、」

「本心だ。嘘はひとつもねぇ。俺は、お前の為なら何でもする」

「……だったら、お願い」

「……」

「金輪際、私に、関わらないで」

「……」

「私は、あんたの、隼汰の、居ない世界を生きたいの」


そもそも。

そんなもんを差し出されたところで、過去も、そして現在(いま)も、何も変わりはしないのだ。
 



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