私が連絡しておきます


表面しか捉えていなかった。

そう言われれば確かにそうなのだろう。

私は、失念していたのだ。

あの男が、言葉だけでどうにか出来るような人間ではない、という事を。


「……え、」

「ごめんよ、僕もまだ少し動揺してて、」

「……あ……いえ、」

「……明日はともかく、明後日からは無理かなぁ……とりあえず、明後日以降は店を開けそうにないから、」

「……はい。他の社員さんやアルバイトの人達には私が連絡しておきます」

「本当に、ごめん。わざわざ休みの日に呼び出した上に情けないとこばかり見せてしまって、」

「いえ。とんでもない。動揺して当然ですよ、こんな、理不尽な事、」


はは、と渇いた笑みを浮かべる矢上さんは明らかに憔悴(しょうすい)していた。

その原因は、今しがた説明された事項に他ならないのは言うまでもないだろう。

矢上さん自身も未だに分かり兼ねていると頭を悩ませているそれの発端は、昨夜、発注の電話を掛けた事だったらしい。


「……まぁ、どこも何かしらの理由はあるんだろうけどね……それは言えないと揃いも揃ってはっきりと言われてしまったら何を言っても無駄な気がしてさ、」

「……」

「……なるべく早く次の仕入れ先を見つけるから、心配しないで」


いわゆる洋菓子と呼ばれるものを製造し販売する事を生業としている為、その材料の発注を決まった曜日の就業後にするのが開店当初からの矢上さんのルーティーンだった。

しかし、昨夜でそれは潰(つい)えた。

何でも、もうあんたのところには卸せない、と全ての業者に言われたのだとか。

無論、そのやり取りをしたのは矢上さんだけだから詳細は多少省(はぶ)かれているのかもしれないが、それでも"材料が仕入れられない"という現況は変わらない。


「……あの、矢上さん、」

「ん?」

「……少し、時間を頂けませんか、」

「……え、と、何の……?」

「次の、仕入れ先を探すのを、その、待って頂けませんか、」

「……」

「明日……明日まででいいので……あの、こ、こういう事に強い知人が一人、居るので、」


関わらないで、と。

あからさまな拒絶をあの男に突きつけてから今日で三日。

偶然だと思いたいけれど、全ての業者が一斉に、しかも理由を述べられないとなると疑わざるを得ないというのが正直な感想だ。


「……それは、助かるけど、あまり君に迷惑はかけたくないなぁ」

「迷惑だなんて……寧ろ、私が……っ、」

「……ん?」

「……いえ、あの、確証はないので大丈夫だとは言い切れませんが、でも、」

「……分かった。甘えさせてもらうよ」


にこりと浮かべられた矢上さんの微笑みに、ズクリと疼く胸を誤魔化すようににこりと下手くそな笑みを浮かべ返した。
 



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