場所は関係ないんです。


場所、雰囲気、服、手に持っているグラスとその中身。

そのどれをとっても自分が酷く不似合いのは自負している。

だからこそ、目を付けられたのだろうなとすぐに理解出来はしたのだけれど、それに対抗する術(すべ)を持ち合わせているのかと言えば、当然答えはノーだ。


「遠慮なんてしなくていいんだよ」

「あの、ですから本当に、遠慮でも何でもなくてですね、」

「大丈夫。大丈夫。僕が経営しているホテルのバーだから」


何が、大丈夫、なのか。

場違いさから逃れる為に避難したバルコニーで、たまたまか否か、私の行く手を塞ぐ形で目の前に立った男性。

あからさまではないにしろどこか見下すような笑みを浮かべたその人は、上司と来ているからと断る私を執拗に誘う。

断られている原因が己にあるとは微塵も思っていないのだろう。しきりに、大丈夫、を繰り返してそこを退く気配はまるでない。


「……ですから、場所は関係ないんです。私は上司と来ているので、」

「だからそれも、大丈夫だよ」


記憶障害を告げられたあの日から実に色んな事があって、それでも日々を消化していた私を気遣った矢上さんが誘ってくれたパーティー自体は本当にきらびやかで素晴らしいものだ。

場違い感は拭えないけれど、きっと勉強になるよ、と差し出された招待状に添えられたその言葉に偽りはなく、会場に到着してからの小一時間ほどは私だって胸をわくわくさせていた。

けれども、どんなにきらびやかで素晴らしくとも、人が集まればそれにそぐわない人間というものはやはり付き物で、その良い例が目の前の男だ。

いや、悪い例か。

どこぞの御曹子だか社長だか何だか言っていたけれど、私にはその凄さが分からない。

招待状を貰えるような立場の、それこそ人柄の良さから人脈に長(た)けている矢上さんならば男が誇らしげに告げたその名前にどれほどの価値があるのか分かるのだろうけれど、私からすれば、だから何?状態だ。

自身のステータスであろうそれを聞いてもいないのにぺらぺらとまぁ口の軽い事。

要約すれば一言二言で終わりそうなそれを余計な単語と接続語で着飾って、自分という男を語るのに必死で目の前のそいつは私の口端がひくついている事にもグラスを持っていない方の手が拳になっている事にも気付いてやしないのだろう。


「というわけだからさ、僕がその上司に言ってあげるよ」


出来る事ならば、私だって面倒は起こしたくない。

しかしそろそろ、我慢の限界だ。

はぁ、とため息を吐き出して、僅かに伏せていたまぶたを上げた。


「松原様、彼女が何か致しましたでしょうか?」


瞬間、視線が真っ先に向かったのは目の前の男の背後。

否、奪われた、と言った方が適切だろうか。


「っ、たっ橘様っ、え、あ、あの、」

「彼女は私が個人的に招いた客人でして。このような場は苦手だと言っていたのを上司でも誘っては?と無理に連れてきたんです。なので、彼女が何か失礼を働いたのでしたらそれは私の責任です」

「いいいいえ、あのっこちらこそもっ、申し訳ありませんでしたっ!ぼっ僕はこれでっ」


タキシードを纏い、にこりと笑みを浮かべた彼から視線が外せなかった。
 



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