誰か居たの……?
繰り返した裏切り。
それ故(ゆえ)に刻まれた、左手首の消えぬ自傷痕。
後悔と懺悔を経て己に立てた誓いすら守れず、目の前に突き付けられた現実が仄(ほの)めかしたのは、取り戻したいと願った者の消失。
きっと、これは今まで犯し続けてきて過(あやま)ちへの罰で、それでも、永遠に失う事を思えばどんな罰でも受け入れられる。
「………………さん、」
「……」
「…………かさんっ」
「……」
「涙華さんっ!」
だからもう、これからは前を見ろ。
俺は、過去だ。
お前が生きているのは、現在(いま)だろう?
「っ」
「ったく、何してんすかこんなとこで」
「…………あ、え、と、」
「探しましたよ。電話出ないですし、家行っても明かり点いてないですし」
帰りますよ。
強い口調で吐き出されたそれと、掴まれた腕に意識が引き戻される。
「……こ、うせい、くん」
「身体、冷えているじゃないっすか。いつからここに居たんです?」
掴まれた腕を引かれ、ベンチから離れる背中とお尻。
暗い視界に写るのは、しかめっ面の恋人。
「涙華さん」
「……え、」
「聞いてます?俺の話」
あれ?何でこんなに暗いの?
なんて思うよりも先に降ってきたのは、普段はにこにこと愛嬌たっぷりな彼の怒号。
誰が聞いても、怒っているのだと分かるその口調と態度を体感するのは初めてだ。
「…………ごめん、」
「……何がです?」
「……心配かけちゃった、んだよ、ね……?」
そんなの、当たり前でしょう。
そう言って、目の前の彼は大きなため息を吐き出しながら視線を落とした。
当然、表情は見えない。
「……誰かと、居たんすか……?」
けれどもそれはすぐに持ち上がり、真っ直ぐな彼の瞳が私の心臓を貫く。
「…………私、は……一人だったけど、誰か居たの……?」
たまたま公園で会って、少しだけ言葉を交わした。
ただそれだけなのだから、何もやましい事はないし、隠すような事でもない。
だけど私は、躊躇ってしまった。
「……いえ……何でもない、っす、」
目の前の彼が、不安がるからだとか、嫌がるからだとか、相手の為を想っての嘘だとか、そんな高尚な理由はそこに存在していない。
「帰りましょう」
「……うん、」
ただ、橘さんと過ごしたあの時間を、私は誰にも知られたくなかった。
← back →