私の一部ですから
薄れない抵抗感と拭えない違和感。
日を追うごとに蓄積されていく疲労感と消えてくれない疑心。
例え記憶の一部を無くしたとしても自分が自分である事に変わりはないのに、あの日からずっと自分ではない誰かの人生を演じているようで嫌だ。
所々、言葉を詰まらせながらも吐き出す事をやめない私の話を、橘さんは私の隣に腰をおろして黙って聞いてくれていた。
「…………あ、の、」
「ん?」
「……びょ、病院に運んでくれて、ありがとうございました」
「……」
「いっ、今さら感が否めないのは私も承知してます。けど、きちんと言いたくて」
溜まっていくばかりだったそれらを吐き出し切り、呼吸を整えてから本来ならば真っ先に言わなければいけなかったはずの言葉を隣の彼へと投げ掛ける。
さりげなく、確かめる事はせずに、毎日届くお花が嬉しかった事を伝えれば、彼は小さく笑った。
「……なぁ、」
「は、はい」
「……知りてぇか?お前が、忘れてる過去、を」
けれどもそれはほんの一瞬で、彼の方を、彼の横顔を見ていなければ、おそらくその小さな笑みに気付く事はなかっただろう。
目の前から隣へと移った彼の視線が私の方へ向く事はなく、辛うじて聞き取れる声量で紡がれたそれだけが私の鼓膜に体当たりする。
「……そう、ですね、」
「……」
「どんな過去でも、私の一部ですから、」
「……」
「知りたい、です」
端正なその横顔を見つめながら、躊躇いを混ぜた本音を吐く。
知る事が怖くないと言えば、それは嘘になる。
知る事への恐怖は確かに存在していて、けれどそれ以上に、忘れたその過去だけを置き去りにして生きていく方が私は怖いと感じた。
ちっぽけな事だろうと、些細な事だろうと、何ひとつ取りこぼしたくないのだと訴えれば、彼は、そうか、と呟いたあと私に視線を向けながら言葉を続けた。
「…………付き合ってた」
「……え、」
「…………お前が、俺の前から姿を消すまで、な」
変化の訪れたあの日と同じ、奇妙な表情で。
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