しん、じらんない、


やめろ。

離せ。

触るな。

ふざけるな。


「……っ、」


思い付く限りの暴言を吐いて、思い付く限りの抵抗をしたけれど、全てが無駄だと言わんばかりにエレベーターから引きずりおろされ、数十秒後にはベッドの上に放り投げられていた。

金持ちあるあるなワンフロア丸々こいつの家なのかクソッタレ!と怒りの矛先をとりあえずそこに向けながら、マットレスの上で跳ねた身体を直ぐさま起こすも思いっきり肩を掴み押されて、背中は再びマットレスとこんにちは。

こっちの質問には答えないくせにこの仕打ち。

一体何がしたいんだこの男は。


「……意味が分からないんだけど、退いてくれない?」


喉を滑らせた声に怒気を含ませ、静かに吐き出す。

しかし私の声など聞いていないのか、覆い被さる形で見下ろしてくるその目からは何の感情も読み取る事が出来ない。

元々、何を考えているのか理解しかねる部分が少なくはない男ではあったけれど、どうやらそれは今も健在のようだ。


「……退いて、って、言ってるんだけど……聞いてる?」


全体重ではなくとも、上半身分の重みはかかっているであろう肩が静かに悲鳴を上げる。

いくら背後が柔らかなマットレスとはいえ重いものは重いし、地味とはいえ痛いものは痛い。


「……っ」


それを再び言葉にしようとしたその瞬間、ずるりと左側へ服がずらされ、露になる私の左肩。

間髪入れず、そこに這う生暖かい感触。

ちくりと嘲笑う、その新たな痛みを生んだ行為が何のか分からないほど私は子供じゃない。


「やっ、め……っくそが!ふざけんなよ!何な……っ、い、」


しかしそれを黙認するほど大人なわけでもない。

肩を押さえられているから腕は思うように上がらないけれど、それでも動かせる範囲で腕を暴れされば、今度は激しい痛みが左肩を襲った。


「……っ……たぁ……しん、じらんない、」


ジンジンと疼く、その痛みに眉根が寄る。

噛むか?普通。

ああ、そっか。こいつ普通じゃなかったんだっけ。


「っ、退けっての!」


ぎろりと睨めたのか否かは定かではないけれど、左肩の痛みと噛まれた事に対する怒りをぐちゃりと混ぜ合わせて叫べば、肩に埋(うず)められていた頭が上がり、ふたつの視線が真っ向からぶつかった。

けれどもそれはほんの一瞬で男の視線は私の頭上へと向かい、服をずらした事で二の腕に移動していた男の腕もまた視線を追うように私の左肩を離れ、頭上へと伸びる。


「っな、やっ……やめてよ!馬鹿じゃないの……っ、や、だ、やだっ!」


頭上に何が?

などと思案出来る姿勢でいたその瞬間まで、おそらく私は、押し倒すような形で自分の上に跨がっているこの男の事をナメていたのだろう。


「……暴れんな、」


視線と共に頭上から戻って来たその手に握られた、半透明な結束バンド。

コードなどを束ねる際に使用されるそれを持ったまま、私の両手首を掴んだ彼の次の行動なんて考えるまでもない。


「……怪我、したくねぇだろ」


振りほどこう、なんて試(こころ)みも虚しく。

自分の身体のはずなのに捕らえられたふたつの腕はぴくりとも動かなくて、意思を持たないコードと同じようにあっさりと一纏めにされた。
 



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