イコールで結ばないで
返事が欲しいと言われたわけではない。
しかしどうやら私は、はっきりさせておかないといけない性格らしい。
「……でも俺、諦めませんよ」
「そこはキミの自由だけど、この先、キミを選ぶ事はないよ」
丸々一週間続いた監視の日々が終わり、あの男から解放されてさらに一週間経った今日。
オブラートに包む事もせず、話があるの、と仕事終わりに槌谷くんを誘った。
とはいえ、食事に行くわけでもなければ、飲みに行くわけでもなく、自動販売機で買った温かい缶コーヒーを握りしめて人気(ひとけ)なんてまるでない公園のベンチに座って言葉を交わしているだけで特別な事は何もない。
求められていない事を率先してするようなタイプの人間ではないけれど、あの一週間が再来するのは全力で遠慮したかった。
「……それは、元彼さんを選ぶって事」
「ではないよ。イコールで結ばないで。お願いだから」
「……」
「まぁ、確かにさ、あいつにこれっぽっちも気持ちがないって言ったら嘘になるけどね」
タブを開けて、一口しか飲んでいなかったコーヒーの二口目を口に含めば、じわりと口内に広がる冷たさ。
そこまで話し込んだつもりはなかったのだけれど、それでも、缶の中のコーヒーが完全に冷めてしまうくらいの時間は経っていたようだ。
「っ涙華さん、」
そろそろ、帰ろうか。
そう言って立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれて、既に少しだけ浮いていたお尻が再びベンチへと戻る。
何?と言葉にしなかったそれを含ませて視線を向ければ、もう少し一緒に居たいです、とねだられた。
「……ごめん、電話、」
切なげに微笑んで、お願いします、だなんて狡いよと思いながらも、その要求を承諾しようとしたその瞬間、コートのポケットの中で震え出す携帯。
少しだけだよと頷くよりも先にそれを取り出せば、ディスプレイに表示されていたのは、あの男の名前。
「……出るん、すか、」
「……え……あ、まぁかかってきて」
「嫌です」
「え」
「……後で、かけ直せばいいじゃないっすか」
一日に一度は絶対にかかってくるあの男からの電話は、主に体調の良し悪しを尋ねるものだ。
無論それだけではなく、多少なり世間話みたいなものも交わしたりするけど、それでも、毎回五分ほどしか話さない。
かけ直すという手間を考えると、着信のある今、さっさと出てさっさと終了させてしまうのが最(もっと)も効率が良いように思えるのだけれど、どうやらそれは私だけのようだ。
「っ、今は、」
「……」
「……俺を……見て、下さいよ、」
懇願を吐き出す為に小さく開かれた彼の唇から、ふわりと真っ白な息が生まれた。
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