16

一パーセントにも満たない、限りなくゼロに近い可能性だとしても。

それは決して、ゼロではない。


「っ」


引っ張られるのだろうなと思っていたそれもハズレで、身体は後ろへと傾く。

踏ん張り切れなかった私は勿論、床にお尻をぶつけて背中を這わせてしまった。


「や、め……っ」


痛い、という感覚が脳に伝わるよりも先に塞がれた唇から微かな音がもれる。

しかしそれは残念な事に聞き入れてはもらえなかった。


「……っん……ん」


抵抗をしようにもガシリと掴まれた頭は動かせないし、バランスを失った事で床に密接した身体も彼の身体によって覆われているからやはり動かせない。

辛うじて動く肘から先で押し返そうと試みるも、まるで空気。

それどころか閉じた唇を舌先でなぞられて、思わず空いたその隙間からそれの侵入をも許してしまう始末。


「っ、」

「……霧嶋、」


何なんだ。

と、思った瞬間。

容赦ない侵略から解放された唇からは吐息がもれて、嫌悪から細まった視界には欲を孕んだ瞳が鮮明に映し出される。


「……お前さ、俺の女になれよ」


予想しなかったわけじゃなかった。

ほんの一瞬だけだったけど、ちらりとは考えたのだ。


男と女+二人きり=起こる間違い。

生物ならば必ず持っているであろう繁殖という本能から逃れるのはなかなか至難の業だから。


「…………すみません……なれません」


しかしながら、現状が現状だ。

ゼロに近い数字に怯えて水浸しのまま電車に乗るのはほとほと現実的ではなかったのもあいまって、彼の言葉に甘えたのだが。


「何で、なれねぇの」

「……何で、と言われましても……岸本さん、彼女と別れたばかりじゃないですか」

「お前と付き合いてぇから、別れたんだけど」

「……」

「お前の事、好きだって気付いたんだよ。だから別れた」

「………………え?」


まさか、彼も阿佐ヶ谷くんと同じパターンを踏んで来るとはこれっぽっちも思っていなかった。


唇=厄難
(あなたも罰ゲームを……?)

 
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