14

生きていれば、どうして、と思う事に遭遇するのはさして珍しくない。

故に、今の私の脳内も、どうして、で埋め尽くされている。


「信じらんない。マジ最悪最低!こんな女のどこがいいっていうの?風羽ってば趣味悪すぎ!」

「何でもいいけど、お前の言うとおり会わせたんだからこれで別れてくれんだろ?」

「は?何言っての?会って納得したら、って言ったじゃん!別れないからね、あたし」


バイト終わりに、岸本さんに手伝って欲しい事があると言われ。

この前の道案内してもらった恩もあるしなぁ、と二つ返事で頷いてノコノコ彼について行ったのは他でもない自分自身だが。


「あー出た出た。本当お前ってすぐ言う事コロコロ変えるよな……俺お前のそういうとこ嫌い」

「……っ」

「あと香水ふり過ぎ。爪長すぎ。まつ毛怖ぇ。タバコ臭い」

「……なっ」

「そもそも胸でかくなきゃお前とは付き合ってねぇしな」


よもや、こんなド修羅場に巻き込まれるなんて微塵も思っていなかった。


「っ何よそれ……散々あたしの事好きだって言っておいて、そんな、」

「あ?好きだけど?お前の胸は、な」

「っ」


どこにでもあるファミレスの角の席で、ギャイギャイと言い合う二人に口出しなど出来るはずもなく。

岸本さんの隣に腰かけたまま黙ってその口論を聞く事、早十五分。


何の説明もなしに連れてこられたから完璧に状況を把握したわけではないが、どうやら岸本さんは目の前で鬼のような形相で喚いている女の人と別れたいらしい。

おそらく、ここに来るまでにこの二人の間で何らかのやり取りがあったのだろう。

予想でしかないけれど、他にも付き合ってる奴がいるだとか他に好きな奴が出来ただとか、そんなやり取りたど思われる。

そしてその"奴"に当てはまるのが、私だ。


「……さい……っ、てい、」


岸本さんが彼女に対してどういう感情を抱き、どういう接し方をしているか、そしてどうしてきたか、なんて事は本気でどうでもいい。

何だかんだと理由を付けて、大嘘をついてでも別れたいというのもそれは個人の自由だ。

好きにすればいいと思う。


「風羽もそこのクソ女も死ねっ!」

「っ」

「っおい!」


しかし全く関係ない第三者を、私を巻き込むのは感心しない。

なんて事を思っていたら、突如として顔面に降り注いだ冷たい液体。


パシャンッ、なんて可愛らしい音は一切せず。

ガンッとテーブルに何かが叩きつけられたような音と、コツコツコツと遠退いていく足音が鼓膜を犯した。


「あのクソアマ……っ……大丈夫か霧嶋。悪い。反応出来なくて庇えなかった」

「……いえ」


咄嗟に閉じたまぶたをゆっくりと開ければ、そこにはもう喚き散らしていた彼女の姿はなくて。

代わりに、空のグラスが置かれていた。


依頼=水
(水をかけられただけで済んで良かった)

 
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