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自分で言うのも何だが、私は会話が苦手だ。
「……あ、お疲れ様です」
「あ、おう。お疲れ……って違ぇだろ!」
「……え」
「何してんだ、って聞いてんだろうが」
というのも、これの理由の一つだろう。
バイト先の人に出会った、イコール、挨拶、という定義が働いて自然と頭が下がったのだけど。
どういうわけか、少しキレられた。
その彼の斜め後ろでドアノブを握りしめたまま上半身を覗かせているのは、彼の友人だろうか。
ドアを閉めて引っ込むのがいいのか、このまま会話に参入するのがいいのか、身の振り方を決めかね酷く困惑している様子が見てとれる。
「……クラスメートが風邪で学校を休んだのでプリントを届けに来たのですが留守みたいなのでどうしようかと考えてました。なのでどうぞお構い無く」
私ならさっさと引っ込むけどなぁ、なんて万が一にも実現しないその状況を脳内で分析しながら言葉を返して、再びぺこりと頭を下げた。
「え。ちょ、えと、霧嶋さん、だっけ?アンタ」
「……え……あ、はい」
瞬間、まさかの参入にびくっと肩が小さく揺れた。
どうやら彼も、知らない人に躊躇なく話し掛けられるタイプの人間らしい。
最近、この手の人間との対話が多い気がする。
何故だろう。
「あのさ、言いにくいんだけど」
「……はい」
「そこ、誰も住んでねぇよ?」
なんて素朴な疑問は、岸本さんの友人が放ったそれによってすぐさまどこかへと吹き飛んだ。
地図=紙屑
(……ああ、何だかすごく嫌な予感がする)