ベートーヴェンも真っ青です
きっと、これぞ運命、ってやつなんだと思う。
「あ、リツ先輩」
「何だ?お前の知り合いか?」
「うん。中学からの先輩で今は会社の先輩」
真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルに、私と息子と元旦那。
そして、その横を通り過ぎようとして、ぴたりと立ち止まる一人の男性。
息子はその男性をリツ先輩と呼び、元旦那はその男性にふにゃりと微笑みかける。
「どうも、息子がいつもお世話になっております」
「……あ、いえ。こちらこそ、息子さんには助けてもらっています」
そして私は、たらたらと冷や汗を流しながらシミ一つないテーブルクロスをただ見つめる。
「今日はご家族でお食事ですか?」
「ああ、はい。お恥ずかしい話ですが、こいつが産まれる前に離婚しましてね。長い間、疎遠だったのですが、その……まぁ……出来る事なら復縁を、と思いまして」
うわぁ、真っ白で素敵。
やっぱり、毎回クリーニングに出すのかしら。
それとも、シミ取りのプロを雇っているのかしら。
「そうなんですか」
「はい。まぁ、息子ももう二十歳を過ぎて今さらという感じもありますが」
「そうですね」
「……え」
「二十年間、ほったらかしだったんでしょう?それを今頃ノコノコ出て来て復縁したいだなんて、いい歳した大人が聞いて呆れますね」
「っな、」
「恥、ってものを知らないんですか?」
「っ」
なんて陳腐な現実逃避じゃ、目の前で繰り広げられつつある戦からはどう足掻いても逃れられそうにない。
テーブルクロスから息子へと視線を移してSOSを試みる。
「……修羅場なう、と」
が、息子はにたりと微笑を浮かべながら携帯をいじっていて私のSOSに気付いていない。
「ウケる」
おいコラ息子!
なう、じゃねぇよ!
ウケる、でもねぇよ!
ぜんっぜん笑えねぇわ。
「と、いうかですね」
「……っ、何ですか。まだ、何かあるんですか」
「サエコさんはもう俺のものなので、復縁とか本当に迷惑なんですよ」
「…………何?」
「付き合ってるんです。俺と、サエコさん」
と、無言の抗議を必死で視線に混ぜ込んでいると、ダダダダーン!とかの有名なあの曲の一節が鼓膜の奥で響く。
「っな、馬鹿を言うな。君とサエコでは歳が離れ過ぎて」
「そんなの、関係ないですよ」
「……」
「愛し合ってますから。俺達」
ね?サエコさん。
なんて、にこりと冷たい冷たい氷の微笑を向けられて、ぴきん、と身体が固まった。
ベートーヴェンも真っ青です (じゃあまた夜に連絡しますね)
(…………は、はい)