悪魔の方がまだ可愛い
ズキン、と鈍く疼いたそれで目が覚めた。
「…………何…………これ、」
痛みを孕んだそこに手をあてがおうすれど、手は少ししか動かず、ジャラ、と金属同士が擦れたような音が聞こえ。
ゆっくりと開けた視界に映ったのは、見覚えのない風景と自身の手首に絡み付いている金属音を奏でたそれ。
手錠……いや違う、手枷(てかせ)、だろうか。
ホラーとか、サスペンスとか、ドラマや映画などではたまに見かけるそれが何故か自分の手首についていて、たくさんのハテナが頭に浮かんだ。
「おはよう、母さん。よく眠れた?」
瞬間、背後から聞こえてきた声。
びくっ、と肩が揺れはしたけれど声の主は分かっている。
動かない手を庇うようにゆっくりと身体を起こせば、自分の居る場所がギシリと軋んだ。
「…………どういう、事、」
身体を起こした事で、さらに見えた風景。
塗装もなければ、ひび割れの修復さえされていないコンクリートの壁。
きょろりと視線を動かせど窓は見当たらない。
カバーも何もない、マットレスを置いだけの飾り気のないベッドに手枷で繋がれた自分。
「どういう、って……別に見たままだけど」
落ち着け、冷静に、と。
必死で記憶を探るも、覚えているのはケンジと息子と自分の三人でご飯を食べてお酒を飲んだ、という事だけ。
それ以上もなければそれ以下もないその記憶に答えを求めるのは止めて、ゆっくりと後ろを振り返った。
「っ」
「ん?」
「あんた、それ……怪我し」
「してないよ」
瞬間、目に飛び込んできたのは壁にもたれかかっている息子がまとう服を染める黒ずんだ赤。
どこか怪我でもしているのかとひやりとしたが、どうやらそうではないようで、あはは、と笑われた。
「……じゃあ、何よ……それ、」
が、それは同時にその黒ずんだ赤が何か別の物だという事で。
結構な量の血が染み込んで滲んだように見えるそれが何なのかと考えたところで、嫌な予想しか浮かばない。
「何って、ケンジさんの」
「っな、」
「大丈夫。ちゃんと酔わせて寝たの確認してやったから。起きなかったし」
そして、大抵そういう予想とか予感てのは当たるもので。
変わらずにこにこと笑みを浮かべながら、ちゃんと宿題やったよ!みたいなノリで喋る息子にぶるりと身体が震えた。
悪魔の方がまだ可愛い (心配要らないよ。母さんは俺が護るから)