お願い、気のせいだと言って
デート、と言ってしまうと少し語弊がある。
私は休みだが、息子は仕事なわけで。
何より私達は、母と息子、なわけで。
まぁ要は、今日の夕飯は外で食べましょう、という事なのだが。
しかし、人の縁というものはつくづく不思議なものだと思う。
「……サエ……コ?」
「……え」
「やっぱサエコだ」
「……ケン……ジ」
駅前で六時に、と。
昼に届いた息子からのメールに従い、指定された駅で息子を待っていれば、少し懐かしい声が私の名前を呼んだ。
その声に視線を向ければ会社を辞めて以来、連絡さえも取っていなかった元同僚ケンジの姿がそこに。
「似てると思って声かけたらマジでお前だったか。久しぶりだな」
「あ、うん……久しぶり」
「引っ越したのここら辺?」
「え、や、」
だが、懐かしいという感情より、どうしてここに?という警戒心が前に出る。
引っ越したのはここから四駅分くらい先の場所だけれど、それをすんなりと言えないのはおそらく過剰になっているからだろう。
どちらかと言えば彼は私を助けてくれた側の人間だ。
だから、今後も万が一があった時にはおそらく例に漏れず助けてくれるだろうと思うのに、何故か彼にも教えたくないと思ってしまった。
私の現在(いま)を知る人は限られているから、私はそれを維持したいと思った。
「あれ?ケンジさん?」
「え、あ!久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです。その節は本当に母がお世話になりました」
さぁ、どう切り抜けようか。
なんて思っていたら、すぐ後ろから聞こえてきたのは聞き慣れた声。
ちらりと振り返れば、そこにはやはり息子の姿が。
「いやいや、俺は家に泊めただけだし。何もしてねぇって」
「それでも、母にとっては人生を左右するぐらいの事だったと思いますよ」
「はは、大袈裟だな」
にこりと微笑みながら、ケンジと話している。
元より面識はあったし、その事自体は何ら普通なのだが。
「ああ、そうだ。ケンジさん、良かったら家(うち)に来ませんか?」
「え。今から、か?」
「はい。あ、勿論お時間があればですけど」
「……それは別に……帰るとこだったし……でも、いきなり行ったらめ」
「迷惑なら誘いませんよ。嫌じゃないなら是非来てください」
どことなく嘘くさささが垣間見えるその微笑みと、あれだけデートだと言っていた息子のその態度に、私は違和感を覚えずにはいられなかった。
お願い、気のせいだと言って (じゃあ、言葉に甘えようかな)
(はい。甘えちゃってください)