狼を飼い慣らす羊くん
生まれ故郷とはいえ、知っている人は誰も居ない山里。
一番近い隣家までは約四キロ。
新たに見つけ私の仕事は隣町のスーパーのパートで、息子はそのスーパーの三軒隣にある本屋。
移動手段確保の為とは言え自動車の購入とこの歳になって免許を取りに行ったのはなかなかキツかったけれど、住めば都。
「母さん。俺の財布知らない?」
「え、知らないわよ」
ここに引っ越してきてから早いもので、もう半年。
多少スキンシップは増えたものの、マザコンではないのだとさらりと告げた息子との新たな生活は以前とほとんど変わりなく日々は過ぎている。
「あ、あったあった」
「そ?じゃあ早く行きなさい。遅刻するわよ」
「うん。行くけど、」
「……ん?」
「母さん今日休みだろ?何すんの?」
「別に何も」
「……」
「何?何か用事があるの?」
「……用事じゃないけど。夕方くらいにさ、出てこれる?」
「え?」
「デートしようよ」
「は?」
と、思いたいのだけれど。
どうやらそう簡単にはいかないようだ。
「お願い」
私より頭二つ分もデカいくせに。
くてん、と首を傾げて甘えた声を出されてしまうと私はそれを拒めない。
母一人、子一人。
そんな環境のせいなのかは分からないけれど、ただでさえ息子というものに弱い私。
お願い、だとか。
「…………どこに行けばいいの」
「昼休憩ん時にまた連絡する」
「そ。分かった」
「やった。デートデート」
「分かったから早く行きなさい。本当に遅刻するわよ」
「はーい。行ってきます」
無邪気に言っているけど、おそらくそれは確信犯。
狼を飼い慣らす羊くん (まぁ、減るもんじゃないしね)