かき乱される道徳心
さっきの、忘れてくれていいよ。
「母さん」
「っ」
なんて、笑いながら言われても、そんなのは到底無理なわけで。
「なななな何っ」
「……」
「……」
「……米、炊けたよ、って言おうとしたんだけど」
「え、あ、」
「そんな意識されるとあれだよな。手とか出していいのかなっておも」
「さーご飯ご飯」
意識というよりは、警戒をしてしまう。
パタリとスリッパを鳴らして、キッチンへ。
弱火で温められている鍋の中身をぐるぐるぐるぐるかき混ぜれば、ふわりと薫るスパイス。
味見はしたけど、もう一度しておこうかな。
「さーえこさんっ」
「っ!」
「なんつって。ドキッとした?」
なんて思った瞬間、ケラケラと笑いながら、ぴたっ、と背中に張り付いてくる息子。
あのたった一言から、この二十年間とはあまりにも違う息子のそれに身体はおろか心臓さえも止まりそうになる。
「やめなさい」
「えー……何で?いいじゃん、これぐらい」
「いいわけないでしょ」
「何で?」
「何で、って、」
「親子だから、とか、つまんない理由はナシな」
「っな」
それどころか、しれっと吐き出されたそれに返す言葉を詰まらせてしまう始末。
親子だから、ってのが一番の理由だろうがバカ息子!
「てか、焦げてる」
「っ」
と、声を大にして言うべきそれを躊躇えば、肩越しにするりと手が伸びてきて、カチン、とコンロの火を止めた。
途端、するんと腹部に回されたもう片方の手。
「っちょ、」
「捨てんの……俺の事も、」
「な、何言って、」
「母さんの事、好きになったから、俺の事も捨てんの?それとも俺から逃げる?」
「……」
「……そんな、いけない事……?」
ぎゅ、と。
ほんの少しだけ後ろに引き寄せられはしたけれど。
「…………ただ、好きなだけなのに…………何で、」
ふるりと震えたその声のせいで、私はそれを拒む事が出来なかった。
かき乱される道徳心 (バカね。捨てたりしないわよ)