驚愕、なんて言葉じゃ足りない
よし、こうしよう!
と、一度決めてしまえば、後はなかなか早いものだった。
「こっち終わったよ母さん」
「ありがとう。お母さんの方も終わったから、お茶にしよっか」
「ん」
空っぽになった段ボールを畳んで紐でまとめ、捨てるのを忘れないように玄関に置いてから、キッチンへと向かう。
長年住んでいた家を離れるの事にはやはり躊躇いもあったけれど、元々、二人で住むには広すぎるぐらいだったから寧ろこれで良かったのだろう。
「…………ねぇ、」
「ん?」
「ごめんね、お母さんのせいで、その……色々と」
荷物を片付け終えたばかりの部屋のど真ん中でごろりと寝転び、携帯をいじっている息子に向かって何度目になるか分からないそれを放つ。
「……いいよ。もう終わった事だし、俺も納得しての事だから」
あれから、また一度だけ、息子同伴でリツ君との話し合いの席を設(もう)けはしたがやはりまともな話合いにはならなくて。
それまではお互いの事だからと傍観を貫いていた息子も、ちょっとヤバイかもね、といつになく真剣な声をこぼしたくらいに収拾をつけるのが困難になっていた。
「まぁいい機会でしょ。俺、田舎って嫌いじゃないし」
「田舎じゃなくて、ど田舎、だけどね」
「母さんの生まれ故郷だろ?何そんな自虐的なのウケるんだけど」
そこで白羽の矢が立ったのは、息子を身籠った時に捨てるも同然で去っていった自分の生まれ故郷。
船に揺られる事、四時間。
バスを乗り継いで、二時間。
コンビニが出来たのはつい最近の話、などというど田舎っぷりのそこへ私達親子は引っ越した。
私も息子も会社をやめて。
端的に言えばただ逃げただけなのだが、向き合っても無理だと悟ってしまった以上、もう逃げるという選択肢しか私にはなかったのだ。
勿論、息子にはついて来る必要はないし、望むならあの家にそのまま住んでもいいと提案もしたけれど、母さんの側に居るよ、となかなかキュンとくるセリフを吐いてくれやがったので今に至る。
「だってあんた、虫とか無理でしょ」
「無理っすねぇ」
コト、と。
息子が寝転んだすぐ横にあるテーブルにお茶と買っておいたケーキを置けば、飛び起きるや否やケーキを貪り喰らう息子。
よほどお腹が空(す)いていたのだろう。
「まぁでも、母さん居るから」
「何それ。あんた意外とマザコンなのね」
「んー……や、マザコンつうよりあれかな」
「何よ」
「父さんやリツ先輩と同じ理由」
お皿の上のケーキを一瞬で平らげ、親指についた生クリームをぺろりと舐めた。
驚愕、なんて言葉じゃ足りない (……え……な…………え、)
(あ、ヤベ。言っちゃった)