始まる前に決まってました
ご飯は楽しく、美味しく。
そんな空気を醸し出され、実際に楽しく美味しくお腹いっぱいになったからなのか。
きっと私は、油断して、そして失念してしまっていた。
「っ、嘘つき!話だけだって、」
「そんなわけないじゃないですか。普通に考えたら分かると思いますけどね」
どうぞ、上がってください。
と、言われたら、勿論お邪魔しますと返すのが普通なわけで。
「サエコさんは危機感てものを覚えた方がいいですよ」
「っ」
「いくら年下だって言っても、男ですから。俺」
よもやリビングへと足を踏み入れた瞬間、ソファに押し倒されるなんて思いもしなかった。
なんてのは、やはり言い訳にしかならないのだろうか。
私の抵抗をものともせずに、真上でくつりと笑う彼。
子育てで鍛えた主婦の筋力をナメんなよ!と言いたいところだが、片手だけで押さえ込まれてちゃ何も言えない。
「っ」
空(あ)いているもう片方の彼の手が、ふくらはぎに触れる。
その冷えた指はストッキングの上からでも十分過ぎるほど冷たくて、びくっ、と肩が揺れた。
「っや、やめ、て」
「何故ですか?」
「っだから!話だけって」
「そんなの、最初からする気なんてありません」
「っな」
スカートを捲りながら太ももへと流れる無駄のない所作に、もぞもぞと足を擦り合わせるという悪足掻きをしてみたがやはり効果はなく。
勿論、言葉でもやめて欲しいという旨を伝えてみたが、小さな嘲笑をこぼされただけ。
「ですが、そんなに話したいと言うのなら聞きますよ」
「……」
「楽しかったですか?あの人……ケンジさんとの駆け落ちごっこは」
「……何いっ」
「ま、夜は長いですから。ゆっくり、話しましょう」
「……」
「言葉でも、身体でも、ね……サエコさん」
ふふ、と笑った彼の声がやけに響いた。
始まる前に決まってました (……初めからそのつもりだったのね)
(否定はしません)