The reason
己を過信した事は一度とて、ない。
世界は広い。上には上がいる。
だが、やはり経験の差というものはどれほどの訓練を積もうともそう簡単に覆せるものではないのだ、と。
改めてそれを認識出来たのは、おそらくすべき事が少なかったお陰だろう。
かちりと重なった視線は、合図だ。
隣に居るルーシィを突き飛ばし、確実に喉を狙ってくるであろう彼を避けながら銃を手繰(たぐ)り寄せる。通りすぎた彼の肩に足を当て、そのまま壁に押し付ければ後はもう後頭部に銃口を宛がうのみ。
確実に鼻は折れているだろう。運が悪ければ顎が砕けているかもしれない。しかしそれを気にするのは生きている間だけだ。死んでしまえば最早関係ない。
さぁ、引き金を━━
「どう?素敵でしょう?私のナイト様」
引こう、というところで鼓膜を揺らしたその声。
殺さずにおく意味があるのか、問う事すら馬鹿馬鹿しい状況だが彼女がそれを望むのであれば己は従うまで。
銃口は向けたままだが密着させていた後頭部からは外し、肩を踏みつけている足をゆっくりと降ろした。
「大丈夫?ルーシィ」
「っ、キャット様、大丈夫です。私よりもキャット様はお怪我などさ」
「ないわ。ありがとう」
ゆらり、揺れる空気。
おそらく"キャット様"がルーシィの元へと移動したのだろう。
カツリ、響くヒール音。それはゆっくりとだが止む事はなく遠ざかり、帰宅の意を唱える。
護衛対象である彼女と離れ過ぎては本末転倒だ。
構えていた銃を降ろし、"キャット様"のあとを追う為に視線を動かした。
「……帰る前に……教えてくれませんか……隊長、」
瞬間、足元から昇る呻きにも似た声。
どうやら顎は無事だったらしい。
「……っ……あら、ゆる、任務を……放棄してまで護る価値は……あるんですか」
「……どう……だろうな。分からん」
「……分からないのに護るのは……何故、ですか、」
「……」
「……」
「任務、だからだ」
小さく息を吐いて。
"キャット様"の後を追った。
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