Lent money

 
一枚、また一枚。

はらり、紙が舞う。


「キャット様、コーヒーをお持ちしました」

「ありがとう、ルーシィ」


遠慮がちにテーブルへと置かれたマグカップには目もくれず、また一枚、彼女は紙を手から放つ。

はらり、ひらり。空(くう)を舞ったそれはただ床に向かって落ちているだけのはずなのだが、大口を開けて待っているごみ箱には掠りもしない。

とはいえ、そのごみ箱の半分以上は紙に埋もれている。狙い通りそこへ落ちていたとしてもすぐにその役目を果たせなくなっていた事だろう。


「……あの、キャット様、」

「何」

「少し、休まれてはい」

「キミにお願いしたのはコーヒーだけよ、ルーシィ」

「……っ、申し訳、ありません」


ペーパーナイフを片手に封を切り、紙を出し、ちらりとそれを一瞥し、手から放ち、そしてまた封を切る。

目を覚まし、身支度を整えてからずっと彼女はそれを繰り返している。

それは"キャット様"の日常なのか。

護衛としてたかだかまだ二週間ほどしか"キャット様"と関わっていない俺には分からなかったが、ルーシィの反応を見る限りやはりそれは非日常なのだろう。


ちくり、側面に感じた視線。

その送り主は分かりきっていたが無視をすれば後々面倒だ。無論、現状もそれなりに面倒ではあるが容易に想像出来るそれよりは幾分マシだ。

しかし下手に声をかければおそらく彼女は面白いくらいに機嫌を損なう事だろう。

結局、残るのは面倒事ばかりだな。


「……ん……?」


と、決して声にしてはいけないそれを密かに吐き出せば、コンッ、と軽めの音が鼓膜を揺らした。


「……へぇ、」


ぴた、と止まる"キャット様"の非日常。

その後ろ姿から音の方へと視線を向ければ、足元で横たわる一枚のコイン。


「っ」

「失礼」

「ええ。本当にね」


"キャット様"の手から紙を奪い、一声かけながらくしゃりと丸める。

読んでいたのに、と拗ねる彼女のそれをゆるりと鼓膜に流しながら足元のコインを拾い上げ、着けていた革手袋ごとそれを包み込むように脱いで、くしゃりと丸めた紙とまとめた。


「……頼む」


既にファイルを脇に挟み、密封出来るタイプのポリ袋を広げて待機していたルーシィへそれらを渡せば、彼女はこくりと一度だけ頷いて部屋を後にした。

予期せぬ外部からのそれは、これまでの傾向からしてもまず無害である事は少ない。同封されていたものもまた然り。

盗聴、盗撮、ウィルス、等々。可能性を考え出せばキリがないがあらゆる事を想定して動く事が出来なければ待っているのは"死"のみ。

紙に直接触れてしまった彼女に変化はないだろうかと視線を向け直した。


「……ナイト様は、過保護、なのね」


刹那、ぶつかった視線。

未だ背中を向けられていると思っていたそれとは裏腹に、突き刺さってしまいそうなほど真っ直ぐな彼女のそれは言葉を詰まらせる。


「手紙にはね、こう書いてあったのよ」

「……」

「以前お借りした十セントお返しします、って」

「……」

「大丈夫よ、ナイト様」

「……」

「私を欲しはしても、処したりはしないわ。皆、ね」

「……」

「けれど、ありがとう」

「…………いえ、」


ふふ、と。

またいつものように、微笑は惜しみ無く浮かべられた。
 

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