Killing time

 
誤解だ、と言ったところで信じてもらえないのは目に見えていた。

だが、発する事が許されいる言葉は、誤解だ、しかなかった。


「見苦しい言い訳はもう結構!そのルージュが何よりの証拠です。いくら、いくら貴方でもキャット様に手を出すなど身の程を弁えなさい!」


これでもかというほどに目を吊り上げ、わなわなと肩を震わせながらルーシィは手に持っていたファイルを己へと投げつけた。

ばさり、床に散ったそれに視線を向ければ、嫌でも目につく真っ赤なルージュ。


"Did I satisfy you?"

胸部から腹部にかけて斜めに書かれたそれは、上半身だけとはいえ裸である事から、当然、事後を思わせるフレーズと化す。

この屋敷で、といえば否応なしにその相手は"キャット様"となるのだが。


「だから、誤解だと何度も」

「ええ、分かっています。無理矢理ではなかったのでしょう?キャット様は無礼を働く事も多々ありますが心根はとてもお優しいお方です」

「……」

「そこに貴方はつけ込んだのでしょう!欲を孕(はら)ませた目でキャット様を舐め回すように……っ、いえ、実際に舐め回したのでしょう!?」


女を買ったのかと罵倒された方がまだマシだとこの時ばかりは心底そう思った。

どれほど"キャット様"を盲信しているのかは知らないが、舐め回されたとされる当の"キャット様"は優雅にコーヒーを啜っている。


「無論、貴方の気持ちも分からなくありません。キャット様の魅力は無尽蔵。男の理想を詰め込んだようなお方ですから。しかし、ですよ?貴方はただの護衛です。越えてはならない一線を貴方は越えたのです」

「……」

「貴方で七人目です。今度こそはと、全てにおいて最高峰の人材を願ったというのに……所詮貴方も雄でしかなかった、という事なのですね。残念です」


荒く息を吐き出しながら尚も責め立てる事を止めないルーシィの言葉をほどほどに聞き、なるほど、とひとり納得した。


前任者の資料に目を通した際、ふと気になった彼らの共通点。

経歴は勿論の事、年代や出身までもが違う彼らに性別以外で共通していたのは、自殺を図った、という事。誰もが敵になりうるこの世界で精神を病んでしまうのはさして珍しくもないが自殺となれば話は別だ。

そこらの金持ちを相手にするのとは違うとはいえ、たかが護衛。

彼女にどれほどの価値があるのか一週間経った今でもまだ理解していないが、彼女の護衛が直接の要因になるとは到底考えられず気には止めていたのだが。


「つまりその六人は満足した、と?」

「……な、何を言ってるんですかいきなり」


ゆるり、口元が緩んだせいか傷が疼く。


「全く足りませんよ、俺は」


ちらり、コーヒーを堪能している"キャット様"へ視線を向ければやはり彼女は浮かべていた。


「……コーヒーはいかが?ナイト様」


いつもよりほんの少し口角が上がった、微笑を。
 

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