I'm yours

 
降り下ろされる白く細い腕。

赤黒い斑点が視界を舞った。

しかしそれは一瞬で、視界を奪われたわけではない。


「……素敵よ、ナイト様」


左口端に、鋭い痛み。

じわりと熱を帯び行くそこからは嗅ぎ慣れた臭いが漂い、散らずに溢れただけのそれは口内を犯す。

吐き出すわけにもいかず、溜まり行くそれをごくりと飲み込めば右頬に在った手が離れ、そのまま痛みと熱を孕むそこへ向かう。


「……動かず、声も上げない。本当に、素敵」


人差し指と中指は彼女が付けた跡に触れ、薬指は下唇をゆるりとなぞる。

ふふ、と。

当然のように空気を伝うそれは、必要以上に己の鼓膜を揺さぶった。


「ルーシィ」

「っは、はい」

「手当てを」

「かしこまりました」


自らが傷を付けておきながら悪びれる様子もなくその台詞を口にする辺り、やはり彼女も表舞台に立つ事はない存在なのだろう。

するりと呆気なく離された細く長い指の持ち主は、ヒールを鳴らし、一人部屋を出た。

護衛になるのは手当てをしてから、という事だろうか。


「キャット様の無礼、お許し下さい」


パタン、と扉の閉まる音がすると同時に発せられた声。視線を向ければファイルと応急キットを抱えた女性が頭を下げていた。

彼女は"キャット様"の直属なのだろう。

"キャット様"が退室したにも関わらず、目の前の彼女以外微動だにしないのがそれを物語っている。

下手な事を口走り、告げ口されるのを恐れているのか。

それはつまり、"キャット様"がそれほどまでの存在だという証。


「消毒をし」

「必要ない」

「ですが、」

「自分で処理する」


ファイルを脇に挟み、消毒液を持つ彼女の手を制した。
 

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