Go out

 
女心というものは、やはり理解に苦しむ。


「いいわよ、デートぐらい」


ゆらり、ゆらり、揺れる瞳が静寂を取り戻してから長針が十二を指したのは十六回。


「……え、マジで」

「ええ。マジよ、ノア」


たったそれだけの時間しか経っていないというのに、女という生き物は玄関を埋め尽くすほどの花と片膝を付いて差し出された小箱のプレゼントだけで申し込まれたデートをあっさりと受けれてしまうらしい。

昨夜のあれは一体何だったのか。

相手が全く知らない相手ならば話は違ったのかもしれないが、それでも回数でいえばこの男と顔を合わせたのは一度きりだ。


「や、俺、てっきり断られるかと」

「一瞬考えたわ。ナイト様と離れるのは嫌だもの」


当然、信用などありはしない。

そんな相手と二人きりになるなど許されるはずもないのだが、同時に微笑を浮かべながら"気紛れ"を口にする彼女に逆らう事もまた、我々には許されていない。

こうなった"キャット様"に対して出来る事といえば、頼むから"気紛れ"を消してくれ、と、ただ願う事のみ。


「けれど、こうして正面から来たのだからキミもただ生きていたわけではないのでしょう?」

「当たり前だろ」

「……」

「そりゃ、あんたのナイト様にはまだまだ届かねぇよ。それは認める。けど、あんたの為に命はれる。誓うよ」

「それは、要らないわ」


マーシャル一族にまつわる噂が真実だとしたら、差し出すと誓ったそれに価値などない。

命というものは限りがあるからこそ価値を持つ。故にそれがこの男を、ノア=マーシャルを、信用する理由には成り得ないのだろう。

ふふ、と。

"キャット様"の微笑がゆるりと響く。


「ねぇ、ノア。タネも仕掛けもバレた手品は最早手品ではないでしょう?」

「……そうだな」

「人もまた然り……タネも仕掛けもバレた手品師は、ただの手先が器用な人でしかないの」

「……」

「私でさえ容易く刈り取れるキミの命なんて、何の魅力もないわ」


しかし、"キャット様"が紡いだのは噂を否定する言葉。

無論それを鵜呑みにしていたわけではないが、頭ごなしに否定出来る立場にもない。

元よりその真偽を知るのは、マーシャル一族だけだ。


「っキャット様、駄目です。このような者と二人きりで、しかも屋敷を出るなど」

「平気よ。ルーシィ」

「っですが!」

「それよりお花を」

「っキャット様!!」


そんな状況に堪えかねたのか。相変わらずファイルを抱えた女の沈黙は破られ、音が放たれる。


「陽が落ちる前に帰るわ」


だがそれは"キャット様"にとって本当に単なる音でしかなく、彼女の身体を通り抜けて開け放たれたままの扉から外へと流れて消えた。
 

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