Born thorn

 
首裏に絡み付く、普段よりほんの少しだけ高めの熱を帯びた腕。

左肩に掛かる、頭ひとつ分の重み。

クスクスと肩を揺らす度に、ふわりと顎先を掠めるその感触は相も変わらずむず痒い。


「……ねぇ、ナイト様」

「……はい」

「こんな、くそマズイもの、よく呑めるものね」


クスクス、クスクス。

止まないそれの合間に、カラン、とグラスから響いた音が挟まる。


「……これが……二千、ドルもするなんて、」


この日、使用する予定であった寝室へと"キャット様"が所望された物を運べば、ソファの前にあるガラステーブルには既に割られた氷とロックグラス。

午後とはいえまだ陽も沈みきっていないというのに、運んだそれを差し出すや否や彼女は琥珀色の液体をグラスに並々と注いで止める間もなく呑み干した。

そして一言、マズイ。


ならば呑まずに棄ててしまえば良いものを、彼女は二度目のそれも喉へと流し込む。

三度目は氷を入れて。

四度目はグラスに半分ほど。


「……本当はね、ナイト様……私……分かってたのよ、」


五度目となる今は、グラスの三分の一ほどの量を呑まずに氷と戯れさせている。


「……いつか、こんな日が……来る……って、」


カラン、カラン。

それなりの間を空(あ)けつつ左側で鳴り続けるその音は、膝を貸りても?と微笑を浮かべられた時から一度とて止んではいない。


「覚悟だって、してたのよ?でも、駄目ね、」

「……」

「……頭で考えるだけなら……平気だったのに……現実なのだと思い知らされた今は……すごく、痛い、」


ここが、と。

密着している互いの身体に僅かな隙間を作り、人差し指で俺の心臓の真上を的確に突く"キャット様"。

クスクスと変わらず笑ってはいるが、心臓を突くその指は微かに震えている。


「……お酒が身体に合われていないのでしょう。もう、お止めになってはいかがですか」


三ヶ月を短いと捉えるならば、こんな一面もあるのだなと思うだけで済むだろう。

だが、その相手が"キャット様"となれば話は別だ。

三ヶ月という時間の中、彼女の目の前で人間の頭を撃ち抜いた事もあれば舌や指を切り落とすといった行為を行(おこな)った事もあるが、彼女の微笑が崩れた事は一度もない。


「……嫌よ、まだ、呑むわ、」


世の中の殆どの出来事を顔色ひとつ変えず受け入れられる彼女に、呑めもしない酒を呑ませ、駄目ね、と言わせたあの男の価値はどれ程なのか。

小汚い服装を除いても見目が良いとはお世辞でも言えない。

あの男が吐いた言葉を聞く限りでも頭が特別良いとも思えない。

そんな男のどこに、彼女は惹かれたというのだろうか。


「……いい加減にして下さい」

「っ」


ふつ、とわいた苛立ち。

未だ心臓を差したままの彼女の手とそれとは反対側の肩を掴み、首裏に絡み付く腕も含めてすり寄る彼女の身体を己の身体から引き剥がした。

瞬間、重なる互いの視線。


「……っ……ルー……シィには、」

「……」

「……内緒にしてね……ナイト様」


その先で、ゆらり、揺れる瞳。

頬を伝わずとも確実に存在しているそれを見たせいか、続けて吐き出すつもりだった言葉を思わず飲み込んでしまった。
 

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