Behind the door
初めから、それは誰の目にも明らかだった。
だが、決定打となったのはこの瞬間だろう。
「……ルーシィ、今日はもう帰っていいわ」
「……は、はい」
割れたティーカップをルーシィが片付け始めたのを合図に話は途切れ、漂う空気が色を変えたからか、帰宅の意を表したシルヴィオ=ヴァハター。
玄関先で別れの言葉を告げる彼に対し、"キャット様"はただ一言、おめでとう、を紡ぎながら紛い物の微笑を浮かべた。
微かに震えた"おめでとう"と仮面のように完璧なものとは違う、今にも砕けてしまいそうな微笑。
本日はこれで失礼します、と身仕度を即座に整えて屋敷を後にするルーシィもおそらくこの事に気付いていたのだろう。
「……ねぇ、ナイト様」
「……はい」
「……ウィスキーは、好き?」
閉じられ、ルーシィの手によって外側から施錠された扉を見つめたまま、それを問う彼女の声はまだ震えを孕(はら)んでいる。
偽りを保てないほどなのか、と思わなかったと言えば嘘になるが、わざわざそれを音にして彼女に届けるほど馬鹿ではない。
「……嫌いではありませんが、好きでもありません」
「……そう、」
動く気配のない"キャット様"の後頭部を見据えながら言葉を返せば、くつり、自嘲的な笑みが鼓膜に届いた。
「……シルヴィはね、ここに来た時はいつもウィスキーを呑みながら夜通しお話をしてくれてたの」
「……」
「……彼は、世界中を旅していて、私の知らない……見たことのない世界の話よ」
「……」
「……けれどもう、」
未だ扉を見つめている彼女は言葉を詰まらせる。
おそらく、わざと、だ。
「……キッチンの、棚の一番上に、あるの、」
「……」
「……今日使う予定の寝室に……持ってきてくださる?ナイト様、」
何を、ですか?
などという野暮な事を敢えて聞くのも一興だが、ここは黙って彼女の言葉に従うとしよう。
prev /
戻る /
next