Cue begins

 
玄関から中庭へ。

廊下も含めたその移動中、彼の腕に絡み付き片時も離れずに寄り添いながら歩く、という、どう考えても非効率的な行動をする"キャット様"はやはり異常に思えた。


「どう?立派でしょう?」


いつもの微笑を捨て、どうしたのかと問いたくなるような笑顔を浮かべながら彼女が差したのは三ヶ月ほど前に黄色い実をつけていたあの樹。

とはいえ、樹を見ているのは男性だけで、"キャット様"の視線は男性から一瞬足りとも外れたりはしない。


「そろそろ戻りましょう?シルヴィ。アナタの好きな紅茶を淹れるわ」

「ありがとう、キャット。僕もキミの為に面白い話を持ってきたよ」

「本当?凄く楽しみだわ」


中庭から再び玄関へ。しかし今度はそこを通り抜け、応接間へと彼らは向かう。

勿論、例の非効率な歩き方で。


「それで、誤解を解いたんだ。五日もかかってようやくね」

「まぁ、大変だったのね……シルヴィ」


深くソファに腰を沈め、ルーシィの淹れた紅茶を啜りながら、彼は何の面白味もないありふれた表舞台の話をつらつらと語る。

おそらくそれは自分の足で歩き見聞きしてきた話なのだろう。特別な用がない限り、屋敷から出る事のない"キャット様"はそのありふれた日常に瞳を輝かせ食い入るように彼を見つめていた。


「ああ、そうだ。もうひとつキミに話したい事が」

「あら。何かしら?」


最早雑音にしか思えないそれは、一体いつまで続くのだろうか。


「結婚するんだ、ら」

「っ」

「っわ、だ、大丈夫か?キャット」

「……あ、ご、ごめんなさい、」


そう思った瞬間、"キャット様"の手からするりと滑り落ちたティーカップ。

止まる事なく床にぶつかったそれは、ぱりんっ、と小気味良い音を立てて砕け散った。
 

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