Leave saith

 
月明かりの下、熟れた果実を一撫でする彼女はいつになく妖艶に見えた。

いつの日か、ルーシィが口にした事はあながち間違いではなかったという事だろう。彼女に惑わされるのも任務の内だが、それは"ふり"である場合のみ。

一瞬でも気を抜けば、瞬く間に彼女はそれを"本物"へと変えてしまえるのだろうと直感した。


「……仮に、貴女の問いに答えられなければ、どのような罰が待っているのです?」


溺れる事は許されない、しかし、溺れていると思わせなければいけない。

脱獄不可能と言われている刑務所から囚人を脱獄させろと命ぜられたそれよりも遥かに難題だと思える"キャット様"を見つめながら、吐き出した言葉にほんの少しだけ笑みを混ぜた。


「……そうね、」

「……」

「余計に知りたい、と私に思われてしまう事かしら」


ふふ、と。

静寂の中、響く微笑。


己の中で知られて困る事は後にも先にもただひとつ。

己以外の誰も知らない、偽りなき己の名。


「……それはまた、魅力的な罰ですね」


それを知られるという事は、命を握られる、という事。

どんな内容だろうと任務ならば命を差し出す覚悟は常にある。それが"キャット様"の為だろうと別の何かの為だろうと躊躇いなどないが、掌握(しょうあく)されるとなると話は違ってくる。

差し出す命はあれど、わざわざ握らせてやる命は生憎持ち合わせていない。


「あら。答えないつもり?」

「……問われない事には、何とも言えません」


だからこそ、彼女は問うのだろう。


「私の知りたい事はただひとつよ、ナイト様」

「……」

「ナイト様だけが、知っている事」


知られては困る、それを。


「……俺だけが、ですか」

「ええ」


答えないという選択肢をちらつかせておきながら、逃げ道を確実に潰した上での問いに、侮れない、などと恐れ多い台詞を吐くつもりは毛頭ない。


ゆっくりと視線を落とした。

けれどもまた直ぐに視線の高さを戻し、元より向けられていた彼女のそれと自身のものが重なったのを合図に前へと踏み出す。

一歩、また、一歩。

ゆっくりと距離を縮め、限りなくゼロへと近付いたところで足を止め、"キャット様"の耳元へと唇を寄せた。


「━━、です」


そして、偽りなき己の名を静かに告げた。
 

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