Belief shaken

 
愚問ですね。

帰り際、投げ掛けられた問いにそう答えれば、彼は声を出して笑っていた。


「お帰りなさい、ナイト様」


拒否権など最初からない。無論それがあったとしても使う事はない。

どんな任務だろうとやり遂げる。


「……は、い。只今、戻りました」


そう、絶対に、と。

揺るぎない信念を掲げ屋敷へと戻ったはずだったのに、微笑を浮かべた彼女を見た瞬間、惜し気もなくその姿を晒す動揺。

それは彼女の歴史を知ってしまったからなのか、それとも彼女の未来を握らされているからなのか。


「……ナイト様?」


お疲れでしょう?と顔を覗き込む彼女の瞳から思わず逃げ出してしまう。

だが直ぐにそれは愚行だと視線を戻した。


「ルーシィ、」


刹那、交わるふたつの視線。

しかしそれは一秒にも満たない間に終わり、視界には"キャット様"の背中が写る。


「行きましょう」


愚行に次ぐ、愚行。

取り繕うが為だけのそれに"キャット様"は呆れたのだろう。

どくり、一際大きく脈打つ鼓動が焦りを産み落とした。


「……待って下さい」


前へと伸びた己の腕が、少し前に在る白く細い腕を掴み、引く。

無意識、と呼ぶ以外に名など持たないそれは当然、許される行為ではない。


「っ貴方!キャット様に気安く触れるなんて身の程をわ」

「弁えているつもりだが、今は見逃してくれ」

「……っな、」


期限付きとはいえ、主(あるじ)に、ましてや異性に、触れるなどあってはならない。

己の衝動の先に暗黙とも呼べるそれを破るほどの価値があるのかと自答しても、おそらく答えを見つける事は出来ないのだろう。


「気を悪くさせてしまい、申し訳ありませんでした」

「……」

「お恥ずかしながら、誰かに、お帰りなさい、と……言われた事がなかったものですから」

「……」

「戸惑いました」


首だけを振り返らせ、微塵もブレる事のないその瞳を見据えながら言葉を綴る。

当然だがそこに嘘は含まれていない。嘘をついたところで彼女にはおそらく通用しない。

事実、任務のあとに向けられていた言葉は"ご苦労"か"まだ生きてたのか"のどちらかしかなかった。この十四年間、ずっと。

だがそれを、不満に思った事は一度とてない。

それが、普通、だったからだ。


「……そう、」

「……」

「でも大丈夫よ、ナイト様」

「……」

「"お帰りなさい"にも"ただいま"にもすぐに慣れるわ」


ふふ、と。

艶やかなその唇がゆっくりと曲線を描くまでは。


「……何故、ですか」

「何故、と言われても」

「……」

「ナイト様の帰る場所は、私(ここ)でしょう?」


だから、だろう。

当然のように吐き捨てられた彼女の言葉が、浮かべられた微笑と同じように偽物であって欲しい、と。

ただ、願った。
 

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