Inescapable fate
荒く息を吐き出す彼について知っている事は極僅かだ。
彼の外見と彼の性別、そして俺に任務を与えられるのは彼だけだという事。
「……すまない、取り乱してしまったな」
「……いえ」
くしゃりと髪をかきあげ、にこりと笑みを浮かべれば目の前の彼は"紳士"へと戻る。
無論それは外見だけの話であり、中身も伴っているかといえば決してそうではない。
「今の"キャット様"に必要なのは、そう……キミだ。ブラッド」
「……」
「とはいえ、マーシャル一族を敵に回せば全てが無になる」
「……」
「だから、彼に……ノア=マーシャルに私はこう言った。"キャット様"に関しては我々とてどうする事も出来ない。全ては"キャット様"次第なのだ、と」
不本意ではあるが、と。僅かに眉根を寄せるあたり、"キャット様"次第、というのはあながち間違いではないのだろう。
そしてそれはおそらく、数秒後に彼の口から告げられるであろう任務にも適用される。
「……何……簡単だよ、ブラッド。キミが"キャット様"に愛され、キミも"キャット様"を愛する」
「……」
「子供を作り、その子が八歳になるまではそれだけでいいんだ」
任務だと言われればただ従うのみ。
どんなに危険な内容だろうとそれを全(まっと)うする事だけが己の存在意義であり、同時にそれは己の価値だ。
理由などは知らなくていい。必要なのは求められている結果を持ち帰る事、ただそれだけ。
「……失礼を承知で伺います。何故、八歳までなのですか」
「……」
「最低でもこの任務に九年は費(つい)やします。知る権利は十分在ると思うのですが、」
「……ああ、そうだな……いや、すまない。キミが他(た)に興味を持つとは思っていなくてな」
確かに、と。思いはしたがこれ以上の発言は意味を成さない。
口を閉じ、彼の言葉を待っていれば、血色のあまりよくない唇が薄く開かれた。
「初任務を覚えているか?キミはまだ……十六だった。十四年も前の事だ」
「……暗殺だった、というのは覚えています」
「ああ、やはりキミはそうだろうな。いやいいんだ……歳を取れば誰しも多少は丸くなるものだからな」
「……」
「ブラッド。あの日、キミに任せた任務は"キャット様"の暗殺だ」
まともだとは思っていなかったが、とうとう限界がきたのだろうか。
それならばせめて、後任を選んでからにして欲しいものだ。
「無論、今の"キャット様"ではなく、先代の"キャット様"だ」
「……」
「先代は二人で"キャット様"だった。"キャット様"の母親と父親の二人で、な」
「……」
「……これも言ってしまえば、呪い、なのだろうな」
「……」
「"キャット様"が死ぬ事で新たな"キャット様"が生まれる。八歳というのは"キャット様"に成るにあたり最も良いと判断された年齢だ。どう割り出したのかは知らんが」
「……」
「"キャット様"は、ひとつしか存在してはいけないんだ」
「……ひとつ、ですか」
「そう、ひとつだ。唯一無二でなくては……ならない」
どくり、鼓動が僅かに増した。
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