▽ 同級生シノハラ君の不毛な恋
普段から私は人の目を見るのが苦手だ。
「シノハラ君」
「っ、」
「……あれ、違った?」
故に私は、人の名前と顔を同時に覚える事が出来ない。というか、目を見れないって事イコール顔を見てないって事だから名前しか覚えていない。
とはいえ、同じクラスで後ろの席の住人の顔くらいは把握していたつもりなのだが、私が背後からシノハラ君と呼び掛けた彼はびくりと肩を震わせて驚きを露(あらわ)にした表情のまま振り返りやがる。
しまった。人違いだったか。
「ごめんね」
彼に非はないので、ここは素直に謝る私。
ユアが聞いていたら雨が降るだの槍が降るだの言われそうだが、仮に槍が降ったらそれに刺さっちまえばいいとも思った。
よし、シノハラ君を探そう。
「っ、キノシタ」
「ん?」
「ちが、てない……俺……シノハラ」
なんて、気を取り直してくるりと踵を返せば、人違いが違うという事実が判明。
紛らわしい反応してんじゃねぇ。
ふつりとわいたイラ立か喉から出てしまわないようにごくんと飲み込みながら、再びくるりと踵を返して彼へと視線を向けた。
「……ユアから伝言」
「え、あ、」
「今度の週末、開けとけ」
「っえ、えと」
「だそうです」
「……わ、わかっ、た」
言付けられたそれらを一字一句相違なく声にすれば、コクコクと頷きながらも何故か上擦った声を吐き出すシノハラ君。
地元では大人しくしているユアが同じ学校に通う彼をどうこうするとは思えないのだけれど、彼のこのびくつき様はそういう類いの事しか連想させてくれない。
となるとそれは、ユアの本性がナナセにバレる可能性がなきにしもあらずなわけで。
「ねぇ、」
「なな、何」
「シノハラ君て、ユアと仲良かったっけ?」
「え、あ、まぁその、最近……」
「そか」
まぁ、それも一興といえば一興だけど、ナナセが傷付くのはあまり見たくない。
伝言を頼まれた時にメールなり電話なりすればいいと言ったら連絡先知らねぇと返された辺り、仲良し度はそんなに高くないと思うし、予想はほぼ確定な気がする。
「……あのさ、」
「っなな、に」
「週末、どこ行くのか知らないけど……嫌なら嫌って言った方がいいよ」
「っ嫌じゃない!」
「っ、」
「あ、ごめ、」
「や、私も余計な事いっ」
「しゅ、週末は俺が頼んだんだ」
「へ」
「キノシタ……あ、ユアが、で、デートするって言うから」
「………………ああ、」
なんて、どうやら私の予想は杞憂に終わったらしい。
そういえば、何日か前にナナセがダブルデートだなんだと言ってたなと不意に思い出す。おそらく無条件でダブルデートしてくれる人が見つかったのだろう。
良かったねナナセ。念願のダブルデートじゃん。
と、親友の念願が叶う事を心で祝福すると同時に、またしても脳内で組み立てらる予想。
「……それって、」
「あ、や、キノシタが嫌なら……その、」
「え?ユアはオーケーだから週末開けとけって言ったんじゃないの?」
シノハラ君て、ユアに頼んでデートについて行くぐらいナナセの事が好きなの?
それ、ユアは知ってる、って事だよね?
話の流れ的に。
ナニソレ楽しすぎる。
「ユアじゃなくて、その、お前……」
「何で私?」
「え、だっ、俺、」
「ん?」
「っ!」
「え、ちょ、」
なんて、泥沼な予感がするそれにナナセには悪いけどワクワクするじゃないのとちょっとウキウキしてしまった私。
それに気分を損ねたのかシノハラ君は何かを言いかけたものの、ぐ、と押し黙る。
かと思えば、ぐりんとターンしたのちダッシュでこの場から走り去って行った。
「……青春、してますねぇ」
そんな彼の背中を見ながら、ぽつりと呟く私に春はまだまだ訪れそうもない。
同級生シノハラ君の不毛な恋 (俺の気持ち、気付かれたかな)
(まぁ、どっちに転んでも私はナナセの味方)
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