▽ 恋愛の沙汰もなんとやら
飼い主が変わった。
「なぁ、キノシタ」
「何?」
「何で、毎日俺と帰ってんの?」
「あ、迷惑だった?」
そうユアに言われたのは、キリヤに電話をしたあの日から四日後の事だった。
お前の所有権は今、ノゾムにある。
だから、と。
やたら口うるさくユアが何かを言ってたけれど、キリヤが無事だと知れただけで満足した私はユアの話はほとんど聞いていなかった。
だから記憶にも残っていない。
ただ、シノハラ君が飼い主だというのなら学校から駅までの道を一緒に帰るぐらいは、とその話を聞かされてから三ヶ月経った今でもそれを継続している。
「や、迷惑じゃねぇし、寧ろ俺は嬉しいけど」
「……けど?」
「…………買った買わねぇ、っていう話の流れだろ、どうせ」
「だって、今の飼い主はシノハラ君なんでしょ?」
「……あのな、キノシタ」
「ん?」
「はっきりさせたかったから、金で発生した問題を金で解決しただけ」
「……」
「それでお前にどうこうして欲しいとは思ってねぇ」
だが、どうやらシノハラ君はお気に召さなかったらしい。
テクテクといつもの帰り道を並んで歩きながらそう話す彼は、不満げな表情をあらわにする。
「……そ、か」
迷惑ではない。
が、おそらくそれに類する感情を抱かれているのだろう。
ぴた、と歩みを止めて、足元へと視線を落とす。
「……じゃあ、どうすればいい?」
「あ?」
「私は、どうすれば、」
「……」
「どうすれば、いい、の?」
ゆらり、視界が揺れて。
ふるり、声が震えた。
「……キノシタ?」
「……私、お金、返せないし……ユアはお父さんの事で今忙しくて、お母さんは最近やっとまともになってきて……だから、だから、」
「……」
「……私、」
「……なぁ、キノシタ」
「……」
「俺、別に金返せなんて言ってねぇだろ」
「……でも、」
見返りを求めない人間なんて、いない。
キリヤも言葉にこそしなかでたけれど、側に居る事を望み、身体を求めてきた。
強要をせずとも、金で買われたという事実がそれらを拒めなくさせている事をキリヤは知っていたからだ。
「……何。じゃあ、ヤらせろ、って言えば満足なのか?」
「……」
「……俺さ、基本的に手段とか選ばねぇし、他人がどうなっても全然気にしねぇんだけど」
「……」
「惚れた女に対してだけは、なるべく誠実で居たいって思ってる」
「……」
「まぁ下心がねぇって言ったら嘘になるけど」
「……」
「どうしても何かしてぇっつうなら、普通にしてくれ」
「……」
「あ、やっぱ名前で呼んで」
「……え、」
「俺も名前で呼びたいし。お前の事」
だから、今こうして私をなだめようとしている彼だってそれを利用するはずだ。
って、そう思うのに。
「……のぞ……む……君」
「君はいらねぇ」
「……」
「アユ」
「……のぞ、む」
「おう」
青臭さ全開のこんなやり取りに、むず痒さを感じるのは何故なんだろう。
恋愛の沙汰もなんとやら (って、やべぇ、恥っ)
(……だね)
END
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