恋愛の沙汰もなんとやら | ナノ


▽ 同級生シノハラ君に掴まれた日


 
同じクラスで後ろの席。

私より背の高い男の子。


「シノハラ君」

「っ、」

「っえ、あ、ちょっと!?」


と、私が知っている彼は元よりそれだけしかないのだが。


「え、何で逃げた?」


人の顔を見るなり脱兎のごとく逃げるような男だとは知らなかったし、思いもしなかった。

月曜日の放課後だった。

ナナセに、シノハラ君と一緒に帰りなよ?と置き去りにされたので渋々それを実行しようと思ったというのに、何なんだ。

と、思えど、失敗したと言えば、ネバーギブアップ!とガッツポーズをするナナセがいる限り、私は挑戦し続けなければいけないらしい。

翌日(火曜日)も逃げられ、その翌日(水曜日)も逃げられ、そのまた翌日(木曜日)も逃げられたけれど、ナナセから頂ける言葉は変わらずネバーギブアップ!

隣からのそんな無言のプレッシャーをヒシヒシと感じながら全ての授業を終えた金曜日。

頑張ってね、と語尾に音符マークをつけるナナセはその可愛らしさと同じくらい憎らしい。彼女は完全にこの状況を楽しんでいる。

とはいえ、どうせ例によって例のごとく本日も逃げられてしまうのは分かりきってるので、うん頑張るね、とだけ返事をした。

ユアにくっつきながら帰っていくナナセの後ろ姿が廊下の角に消えて行くのを確認して自分のバックを肩にかけながら、くる、と後ろ側のドアの方へと向いた。


「っ」

「あ」

「……」

「ごめんね、シノハラ君」


瞬間、視線を向けたその先にタイミング悪く例の彼が居たものだから、バチッと目が合ってしまった。

が、四日連続で逃げられている私に、一緒に帰ろうよ、などと彼に言う気力はない。ネバーギブアップ精神など元より持ち合わせていないし、何よりメンドクサイ。

とりあえず、この四日間逃げるほど怯えさせてしまっていた事に対しての謝罪をして、す、と彼の横を通りすぎた。


「っ、きの、した」

「え」


すると、すれ違い様にガシッと腕を掴まれて、ぴた、と私の足は止まる。

ぐりん、と視線が前から後ろへと方向を変えたのは人間なら当たり前とも言える反応だろう。

しかし私は、その反射的行為に激しく後悔した。


「っちょ、な、何で、」

「っお、俺……お、れ、」


八の字になった眉根を寄せて、うるうると今にも泣きそうな瞳を。

いや、今しがたポロポロと二、三滴こぼれ落ちたから、泣いている、になるのか。

一分にも満たない先程のやり取りの中のどこに泣く要素があったのかさっぱり分からないけど、とにかく、泣かれた、という現状に思考が停止しかけたのは確かだ。


「え、と、」


いやせめて、場所をさ、と。

きょろり、視線をぐるりと見回せさせれば、私とシノハラ君以外には誰も居ない、がらんとした教室が見えた。

無論、廊下やグランドの方からはガヤガヤとした声が聞こえてくるから学校自体に人がいないわけじゃないし、このクラスは運動部系に所属している生徒が大半だから早々に人が居なくなるのも珍しい事ではないけれど。

これは、空気読みすぎだよね?

ナナセか?

ナナセの仕業なのか?


「俺!」

「っえ、はい」

「す、すぐ泣くし、すぐ、にっ……逃げ、る、から」

「え、あ、うん」

「ふ、ふふふら、れ、ても……っ」

「…………何でまた泣くの」


なんて、偶然にしては出来すぎてるこの状況はおそらくナナセの企みだろうと勘繰っていたら、唐突に荒げられた声。

しかしそれは最初の一言だけで、そのあとに続いたのはグズグスと気を抜けば聞き取る事さえ困難なほどの涙声。当たり前だが彼は進行形で泣いている。

非常に、メンドクサイ。


「あの、さ……シノハラ君」

「っ、は、はい」

「いっ、一回落ち着こう?それで、その、少し話さない?」


とはいえ、これを月曜に持ち越されても迷惑な話だ。

目の前の彼の手を振り払って帰るのは容易い事だけれど、それはただ先伸ばしにしているだけに過ぎないのだから。

無論、彼がそれで金輪際(こんりんざい)私に関わらなくなるというのならそれも一つの手かもしれないが、こうして呼び止められている以上その可能性は低いと思われる。


「っで、も……俺、」

「うん。泣き止むまで待つから私。ね?」

「っう、うん、ごめ……ん、」


良かった、泣き止んで貰える、と。

コクン、と小さく頷いてくれた彼に一先ず安堵の息を漏らしはしたが、結局、帰路につけたのがこの二時間後だという事をこの時の私はまだ知らない。


同級生シノハラ君に掴まれた日
 (逃げずに勇気出して良かった)
 (逃げられた方がマシだったかも)
 

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