▽ 親友ナナセに笑われた日
第六感がある。
「っは!あははははははっ!おっ、お腹っ、いたっ、っく、ふ、ふふ、はははははははっ!」
「ナナセ笑い過ぎ」
「だだだだって、っ!あははははははっ!」
なんて事は言わないし、勿論思ってもいない。
女の勘、という言葉があるように鈍感ではないと思っているけれど。
しかしあれは、想定外過ぎた。
「っふ、ふふっ、か、可哀想だったよねぇ、シノハラ君」
「……」
「雰囲気作る為に頑張って大嫌いな観覧車にも乗ったっていうのにアユが……ねぇ?」
「……え、何。シノハラ君て観覧車大嫌いなの?」
「うん、食い付くとこそこじゃないからね?」
ナナセに頼まれ(買収され)て、ダブルデートというミッションを無事に終えたその日の夜。
お泊まりしたいな、と甘えるナナセに我ら兄妹は逆らう事など出来ず、その結果、私は今こうしてナナセは爆笑の渦に囚われている。
勿論、あれが原因だ。
「ってか、アユって自分の事は本当鈍いよね。シノハラ君の気持ちなんてだだ漏れもいいとこ、アユ以外のクラス全員が知ってるんだよ」
「マジか」
「マジマジ」
私とシノハラ君、ナナセと兄のユア。
二手に別れて乗った観覧車の中で、ナナセに好意を寄せている、と思っていたクラスメートのシノハラ君が何を血迷ったのか私に向かって、好きです!大好きです!と言って来たのだ。
だから私は言った。
ストレートなのはいいかもだけど、ナナセはロマンチストだからもう一工夫(ひとくふう)しないとユアからは奪えないよ?と。
我ながら的確なアドバイスだったと思うのだが、その発言以降、酷く落胆した様子だった彼は観覧車から降りるなりユアに何かを告げて私達より一足先に帰宅してしまったのだ。
けれどその時点ではまだ、彼の落胆の原因が自分にあるとは思ってなかった私。
「いやー、まさかアユがそんなあり得ない勘違いしてるなんて思わなかったよ」
「や、だって、」
さすがに本人には言えないから、帰宅してナナセがお風呂に入ってる隙にユアに話したらユアもナナセに負けず劣らずな大爆笑っぷりだった。
そのままユアがナナセにそれを話した事で、そこで初めて自分が原因だったということを知ったのだ。
「……シノハラ君にも非があるでしょ?」
「いやー、ほとんどないんじゃない?」
「何で」
「だって、ちゃんと顔見て言われたんでしょ?好きです、って」
「そりゃあ、そう、だけど」
「ほら、シノハラ君はちゃんとアユに伝えてる。気付かなかったのはアユ。ってか、普通は気付くよね」
「……」
「で?で?どうするの?」
時計の針が十二のところで重なろうとしているというのに、ベッドの上に寝転がり足をパタパタさせるナナセは目をキラキラと輝かせながら、そう私に問いかける。
いや、どうするの?って、何を?
なんて言いはしないけど、意味が分からないから、あんた何言ってんの、っていう視線を送ると、それまでキラキラしていたナナセの目がこれでもかというくらい見開かれた。
「マジで言ってる!?」
いや、何も言ってないけど。
一応、視線に含まれた意味は伝わったらしい。
「アユ!告白だよ!?ラブユー!なんだよ!?」
「……っちょ、」
ガバッと起き上がったかと思えば、壁にもたれて座っていた私の肩をガシッとわし掴み、意味不明な言葉を叫びながら、ゆっさゆっさと私の身体を前後に揺らすナナセ。
何をそんなに興奮しているのか、これまた意味が分からないけれど、あんまり揺らされ続けると頭がクラクラし出すから早めにナナセを鎮圧しなければ。
「あー……じゃあさ、ナナセはどうしたらいいと思う?」
「なぬっ」
「シノハラ君が好きなのは私だって事は理解した。で、そこからどうするかって事は、要はイエスかノーなんでしょ?」
「まぁ、そう、だね」
「私はさ、シノハラ君の事ほとんど知らないし、恋愛も全く興味ない」
「……」
「そもそも誰かを好きとかよく分かんない」
その一心で言葉を吐き出せば、ぴた、とナナセの動きは止まり、ホッと安堵の息を漏らした。
「……じゃあ、話してみるべきだと思うよ」
「話す?」
「うん。知らないから嫌だ、って好きな人に言われたら悲しいから」
だがそれも束の間。
動きが止まった代わりに、今まで一度も見た事のない酷く真剣な面持ちのナナセがそこには居て、ひや、と冷たいものが背中を這う。
「…………分かった」
本能、といえば、おそらく、そうだろう。
反論はせずにコクンと頷けば、ナナセはいつものほわんとした笑顔に戻った。
親友ナナセに笑われた日 (恋って、人を狂わせるんだよ)
(…………怖)
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