後悔しないように


“魔海域”を出てからほどなくして、カリオン達を乗せた船は島に辿り着いた。
小さな島だ。砂浜を一周するだけならそこまで時間はかからないだろう。だが、島の大半は太古の森に覆われている。巨木には蔦が絡み、地面には大蛇のような根が寝そべっている。奥は暗くて見えない。今夜は月がないから、余計に闇が濃いのだ。この中に入って誰かを探すとなると、一周する時間の数倍はかかるだろうことは容易に想像がついた。
夜の森を見るのがはじめてなカリオンは、その底知れない雰囲気に圧倒され、つい尻込みしてしまう。
「ラド見てー。星砂だよ」
「ああ、そうだな」
「持って帰りたいな。容器ある?」
「おまえはそうやってなんでも持ち帰りたがる……。ほら、これでいいか」
「えー、ガラクタ集めはラドのほうでしょ?」
「……瓶はいらねえんだな?」
「わーい、ありがとう!」
呑気に会話しているラドとテピに少しだけ肩の力が抜け、カリオンは隣に立つベラトリアスへ視線を向ける。
「行くか?」
「……ええ」
しかし、彼女は一歩踏み出してまた立ち止まってしまった。
「どうした?もしかして、怖い?」
こんなに暗い森だ。怖がるのも無理はない。そう思って内心で頷いていたカリオンに、ベラトリアスは肯定した。
「……怖いわ」
「だよな。わかるよ」
「ジスリークとは、喧嘩別れしちゃったから」
「………………あ、そっちね…………」
「わたしが、一方的に怒っただけなの。急にお別れを告げられて、裏切られた気分になってしまって。清々する、なんて……心にもないことを言ってしまった……。会いに行っても、ジスリークは喜んでくれないかもしれない……」
暗い森を見つめる彼女の紫水晶の瞳は、不安げに揺れている。憂いを帯びた表情が、濃い化粧とあいまって少女を大人っぽく見せる。
こんな美少女に清々する、と言われ、なのに会いに来てくれたとなると、落とされた分、喜びが倍増することはあっても低下することはないのではないかとカリオンは思うのだが、如何せんカリオンはジスリークを知らないので、人それぞれだろうな、というつまらない結論に至ってしまう。
「それは……なんとも言えないなあ」
「……なによ、少しは励ましなさいよ」
「だって、俺よりそのジスリークってやつのほうがベラのこと知ってるんだろ?」
「当たり前じゃない。わたしとジスリークは心の友と書いて心友なんだから」
「じゃ、ベラが素直じゃなくてカッとなるとすーぐ心にもないことを言っちゃう性格ってことも知ってるだろ」
怒るかと思ったが、彼女ははっとしたように目を見張ってカリオンを見た。
「そっか……、そうよね。ジスリークは、知ってるわよね。わたし、それで何度か怒られてるもの」
「怒られてるのに直らなかったのかー」
「いいの!最後には必ずジスリークが『ベラトリアスらしい』って笑うから。わたしはそれを見るのが大好きだったんだから」
吹っ切れたらしい。ベラトリアスは拳を握って「行くわよ!」と仕切った。
その後ろ姿に、カリオンは声をかける。
「素直じゃないのがベラなのはわかったけど、ジスリークに会ったら素直になれよ。後悔、しないようにな」
「……ええ。もちろんよ」
振り向いて微笑む彼女の頭を撫でて、カリオンは先に森に足を踏み入れた。




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