中篇 | ナノ

八章三節 【変異】


最初はただ、笑顔で。
「部屋を借りたから、遊びに来てね」って、お前が言うから、俺はちょくちょく顔見に行ってたんだ。
友達だと思ってたし。
たまにコンビニで酒買って、飲んで、馬鹿やって。
友達が少ないお互いだったから、俺はお前の事、本当に友達だと思ってたんだ。
そりゃ確かに俺は馬鹿だよ。
酔った勢いでふざけてお前に「キスできる?」って聞くまでは、お前が兄さんの事、好きだったって事にて気付けなかったんだ。
でもだからってこれは無いよ、アレルヤ。
友達だと思ってたのに、俺のこと忘れるなんて酷いよ。
最初は酒に酔ってるのかと思った。
だけど顔を合わせる日が次第に遠ざかるたび、お前は取り返しのつかないことになっていた。
『ごめん、そろそろあの人が帰ってくるから』
ちゃんとした恋人でも出来たのかと思って、少し距離を置いた俺が馬鹿だった。
メールの内容がどんどん≪兄さんと暮らして行った≫。
あのワンルームはいつの間にか亡霊との愛の巣になっていた。
『ねえ、今日はキスもなにも、してくれないの?』
狂っていた。
「……出来ないよ。僕は多分、いつまでもあの人の事が好きだから」
そう言って酒のせいじゃない頬の赤らみを隠すお前を見て、本当にこの男は兄を純粋に愛していてくれていたと思ったのに。
『ねえなんで一週間も帰って来なかったの?ねえ…』
狂っていた。
多分、あの部屋を借りた時から。
今思うとアレルヤの言動はあの頃からおかしかったんじゃないかって。
吐き気がした。
目は虚ろで、俺に縋り付くお前を見ていられなかった。
亡霊に当て嵌められる拒絶反応と、親友の変わり果てた姿で胃はキリキリと締め上げられ、胃酸が食道を登ってくる感覚を思い出す。
思い出したく無い記憶だ。
増えていく食器、バスタオル、歯ブラシ。
だれがこのへやにいる?
だれがこの惨状を耐えられる?
もう既に腐敗し切っている。
それが真実。
ごろりと転がるこの物体は、一体誰の腕だろう。
蛆がわき、百足のような蟲が這う。
それが真実。
何を見て、何を聞き、何を嗅ぎ、何を味わい、何に触れ、何を感じ、何を思ったのだろう。
これが真実だとは思わない方がいいだろう。
あくまでこれは俺の主観で、もしかしたらその部屋に。
ほんとうに亡霊はいたのかもしれないのだから。


12.06.16

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