中篇 | ナノ

八章一節 【恋しさに涙した】




恋しさに涙した
こんなにも心の中から溢れる何かは
どろどろと濁ったものたちで
ずっと心の中にあるキラキラとしたものたちは
どろどろしたものたちとは別の所で
微笑み続ける
こんなにも愛おしくて苦しいのに
どうしてどろどろしたものたちは消えてくれないのだろう






手を握ろうとした。
伸ばした手が、もう少しという所で止まってしまった。
このまま握ってしまっていいのだろうかと悩んだ。
このまま掴んでしまっていいのだろうか。
革手袋一枚。それだけの距離の筈なのに。

(一枚……じゃ、ない、か)

大きく五歩くらい。
離れているのは自覚している。
これが僕達の距離感だった。
振り返りもしない貴方をずっと見つめている。
微笑み続ける貴方をずっと睨んでいる。
このまま彼を仕留めてしまいたい欲望に駆られる。
その白い手首を掴んで、捻りあげ、骨を折り、もう誰にも触れられないくらいボロボロにしたい。
これは、ハレルヤじゃなくて、僕の意志。

(意思?意地の間違いじゃないのか)

出来る事なら、彼の首を締め上げて絶命させたい。
僕の力なら首の骨なんて簡単に折れる筈だから。
微笑み続ける貴方を笑えなくしてしまいたい。
ふとした瞬間にその微笑を向けられたのなら、僕はもう平常を保ってなどいられない。
頬が熱くなる。見つめていられなくなる。
それならどろどろと濁った感情のまま遠くで彼を恨んでいたい。

(羨ましい……)

貴方の微笑みを向けられて、素っ気なくいられる彼らが羨ましい。
そうすれば彼は僕に微笑むのを止めてくれるだろうか。
それとも困った笑顔でこちらを見るのだろうか。
革手袋一枚の距離で頭を撫でられて、布越しに抱き締められて。
きっと僕はそれですら、頬を熱くして、湧き上がる得体のしれない感情に涙を浮かべて、甘んじてそれを受け止めてしまうのだろか。

(うすっぺらい表情なのに)

上辺だけの微笑だとしても、僕はそれを求めてしまう。
優しく触れられたい、だけど僕は、浅ましく、乱暴に彼を傷付けてしまうだろう。
分かり切っていた事だった。
そのうすっぺらい微笑を暴きたい。
その内側に何があるのかを知りたい。
出来るのなら、その内側にあるものは僕とおんなじような、狂暴なもので、その悪意に触れさせて欲しい。
触れたらきっと、僕も怪我しちゃうから。

(好き…)

微笑み続ける貴方たちの後ろで願った。
大きく五歩くらい。
永遠に変わらない距離。
貴方に名前を呼ばれるその瞬間まで、僕は独り貴方への恋しさに打ち拉がれながら佇んでいる。
胸の中に芽吹く、僕だけの凶器を抱えながら。


12.06.27

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