中篇 | ナノ

二章一節 【星と月のラプソティ】


「……あ」
午後十一時を少し回った頃、休息をとろうと自室に戻ろうとする僕は、ある人を目撃する。
普段は地上にいて、大きなミッションやガンダムの整備でしかこの輸送母艦には帰ってこないその人を。
その後ろ姿を見た途端、なんだか心があたたかくなるのを僕は感じた。
いつもと変わらない白いリノリウムの背景が、むしろぽっかりと穴が空いたようにさえ感じるそのとても大きな背中は、僕に気付く事無く曲がり角を左へ曲がって消える。
僕の部屋は右。
彼の部屋は左。
だから、今日はもうあの背中が見れないのかと少し寂しく思った。
だけど僕は戸惑う事無く右に曲がる。
今日は無理でも、明日になれば顔くらい合わせられるだろう。
そう呑気に考えながら、僕は無重力空間の移動を補佐するレバーを握りなおす。
悠長に構え過ぎだと内心思うが、明日、明日こそは彼とちゃんと向き合って話そう、と思う度少しだけ毎日が楽しく思えた。
そこではっと気付いて、ぽつりと声が漏れる。
「そっか、僕…ロックオンのこと、好きなんだ」
「俺がどうしたって?」
帰って来る筈の無い返事に驚いて、レールバーから手を離して振り返る。
さっき左に曲がった筈の背中が表を向いて、僕の視界に広がった。
どうしよう!聞かれてしまった!
今一瞬理解したばっかりの感情が、本人の登場により一気に増幅する。
どうしようどうしようどうしよう!
頬が熱くなる。耳まで真っ赤になってると、鏡を見なくても理解出来た。
一度火の付いてしまった感情は、どうしたって止める事は出来ない。
「どうした、アレルヤ?」
その白く綺麗な顔が、瞳が、僕の視界いっぱいに詰め寄る。
好きです。
言葉に出して伝えられれば、どれだけ楽になれるのだろう。
好きです。
声に出して言ってしまえば、彼は僕に対して嫌悪を抱くだろうか。
頭の中はもうぐるぐる思考で渦巻いて、今どう切り返せばいいか解らなかった。
思考と反射の融合が果たせない僕は、やっぱり超兵のなりそこないだ。
じわりと涙まで浮かんで来て、目頭が熱くなる。
「ア、アレルヤ?おーい、どした?」
朗々と蒼に輝いていた彼の瞳の色が、困惑と動揺に変わる。
ああどうしよう、早く何か言わなくては。
赤い顔が思考で青褪めて、きっと今僕の顔は紫色になってるんだ。
しかしどんな表情をして、何を言えば良いか見当も付かない。
「……アレルヤ…?」
そんな甘い声で、こんな三十センチにも満たない近距離で、僕の名前を囁かないで。 その濡れた薄い唇が弧を描いて、白い歯がちらつく。
ああ、キスがしたい。
まるで映画のワンシーンのように、甘く、深く。
キスなんてしたことが無いけれど、したいと思ってしまうほど綺麗なそれをずっと見詰めていたら、どんどん近付いてくる。
近い、と思った時にはもう、唇は塞がれていた。
「ごめんな、意地悪して。…ちゃんと聞こえてたから…」
「えっ!ええ!?」
唇から離れて、やっと僕は声を発する事が出来た。
聞こえてた!?嘘、じゃあ、僕はもう、彼に嫌われてしまった?
そう考えたら、浮かび掛けていた涙がついに零れ落ちてしまう。
どうしよう、彼を困らせてしまう。
彼に嫌われてしまう。
それがとても恐ろしくて、ぼろぼろと涙は止まらなかった。
「なーんで泣くんだよ…」
「あっ、ご、ごめ、んなさ…っ」
「おいおい、謝るのはナシだろ?」
泣かれちゃ俺が困る、とロックオンはまるで子供をあやす様に僕の頭をぽんぽんと撫でて、その白い腕で僕をまるごと包むように抱きしめてくれた。
その腕の中が、とてもあたたかくて、心以上に身体が熱くなる。
はあ、と熱い息が咽喉と唇を焼いた。
「折角両思いなんだからさ」
「・・・・・・・・・・・・両思い……?」
「は?…俺今さっき、キスしただろ?……まさか、そういう意味じゃ無かった…?」
「違っ、だって、僕、嫌われたと思っちゃって、それで…」
怖くなったんです、と言葉を濁す僕の肩を、ロックオンの両手が掴んだ。
「嫌うわけないだろ!?」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさい!」
否定的な僕の言葉に、言い聞かせるようにロックオンが声を荒らげて思わずびくりと身体が揺れて謝ってしまう。
それにロックオンははーっと溜め息を吐いて、もう一度僕の身体を抱きしめてくれた。
「好きに、決まってるだろ……?」
「!!!」
「後ろ姿じゃなくて、今度はちゃんと面と向かって、アレルヤの口から聞きたい。なあ、言って?」
「す、……ぅ…〜っ」
「す?」
「すき…っで、す!」
「俺は大好きだよ」
「!!!???」
「ほら、アレルヤ」
「っだ、い、……」
恥ずかしくて視線を外していたが、ロックオンに覗き込まれてしまった。
今度はちゃんと、唇と唇でキスをしているとわかってしまう。
「っぷはっ…、大好きですー!!!」
「……俺も!!!」






prev / next
[ back ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -