Ailes Grises | ナノ

14話


「……ニール?」

愕然とした表情でロックオンは狼狽えた。
アレルヤの両肩を抱いたまま、表情は硬い。
しかしアレルヤはようやく自らの夢の全てを思い出した。
からっぽの棺。縋れる宛ての無い愛。ひたすらの光。
それらは全てロックオンを……ニールを想っての事だった。
光は……今ならわかる。あの天使の姿は刹那だ。
そして朧げに、ティエリアもいたように思う。
だからあの日、あの夜。あんなにも二人の言葉がすっと心に届いたのだろう。
ニールを愛している。ずっと前から、そうだった。
理解すればアレルヤには、もう何も縛られるものは無かった。

「貴方の夢……いいえ、真名を伝える為に、ぼくはここに来たの」

ただ彼に夢を、夢の真実を伝える為に。

「……どこにも行かない?」

しかし彼にはどうにも伝わっていないようだった。
怪訝そうな目でアレルヤを見る。それに少し笑みを浮かべて、アレルヤは彼の頭を包み込むように抱き締めた。

「行きません。大丈夫。……それとも貴方の方が、先に壁の向こうへ行ってしまうかな」
「……おれだって……」

再び彼の腕がアレルヤの背中に縋るよう回される。

「ニール、ニール、ああ、何度この名前を呼びたかっただろう……」
「でも、なんでだ? 棺の中はからっぽで……」

瞳を細めるアレルヤに彼は不思議そうに訊ねる。アレルヤが自分を探してここまでやって来てくれたのなら、これ以上嬉しいことは無い。
しかし遺体が無かったなら、一体どうして……。

「貴方の名前は、墓石に書いてありました。そして貴方がニールだと分かったのは……貴方の大切な人が、ぼくを送り出してくれたから」
「……?」

アレルヤは言い淀む。アレルヤは夢の全てを思い出した。【彼】がここにいないということは、そういう事なのだろう。

「貴方の、たった一人になりたかった」

たった一言で胸の奥の黒い塊が溶けて行った気がした。

──『ニール』か。

刹那の夢の話を、ティエリアの夢の話を聞いた時。
その時自分も隣で聞いていた。
二人の話には不思議と似通っていたのを思い出す。
「光」二人の夢の話には光が頻出する。顕著なのはティエリアだ。
そしてアレルヤの夢の話を。
願いの夢。

「……ありがとう。おれも、おまえの、たった一人になりたい」

緩やかにアレルヤの背を抱いた。

「だけど、俺はまだ何も解決していないから……。 話を、してくるから、」

「だから、おかえりって言って欲しい」


****


翌日。祭りの最中、ロックオンは──ニールは街を往く。
アレルヤは祭り会場の広場に佇んでいた。小さく、遠くなっていくニールの背を見送った。
途中まで着いて行こうかと声をかけていたが、ここで待っていてほしいと言われ、大きな松明囲みのある広場で待つ事にした。

ニールは廃工場へと向かう。騒がしい場を刹那が嫌うのはよく知っていた。

「……よう」
「ロックオン」

暖炉の前で寛いでいたようだった。少し驚いた様子で振り返る。
それもそうだろう。ニールは一度たりともこの廃工場に足を踏み入れたことは無い。
けして刹那を憎んでいる訳では無かったが、一つのけじめとして話をしに訪れるという事だけは、しなかった。

「悪いな、押し入るようなマネして」
「……俺は話すようなことは何もない」
「そうだろうな。でも、おれには出来てしまった。……今日にしか話せない事だ」
「……今日?」
「忘れたとは言わないだろう?」
「ック……」

苦虫を噛み潰したような顔で刹那はニールから顔を背ける。自分自身がよく理解している。今日は、今日という日は……。

「刹那。もう気付いてるだろう」
「……ああ」
「だからあんなに怒った?」
「……それは、違う」
「違う?」

「……償いだ」
「刹那、」

ティエリアが廃工場に戻って来たのか、二人の会話を目の当たりにする。
刹那の言葉を止めるようにティエリアが割り行った。

「ティエリア……」

驚いたのはニールの方で、ティエリアはどうやら街に向かった二人を追いかけて来たようだった。
アレルヤを広場に残しニールだけ廃工場へ向かったのを奇妙に思った。

「俺はマリナが人間だと、知っていた。……わかっていた」
「刹那!!」

今日はかつてマリナの絵をもらった日だ。そして刹那が激怒した日でもあった。
どうして、とティエリアは言い掛ける。

「知っていて、何故……」

かつてマリナに包まれたあの手のひらの柔らかさを刹那は覚えている。
しかしマリナは旅立って行ってしまった。
ロックオンが皆に彼女は巣立ったのだと説明する姿に、刹那は怒った。
まるで彼女を消し去ってしまうようで悲しかった。
だが今もホームに戻らないでいるのは、それらはきっかけに過ぎない。
残されたロックオンは、誰も恨みはしなかった。
だから恨んでほしい。憎んでいてほしい。
そうすることで少しでも彼の心が晴れるのなら。

「穢れた灰羽でも、誰かを呪うのは嫌なんだ」

アレルヤの言葉を、今度はニールが刹那に伝えた。
その言葉の意味がようやくわかった。
どんなに穢れ、痛くとも、それでも誰かと一緒にいたいと願ってしまう。
自らの真名を知らぬままだとしても、それでもアレルヤが自分を置いていかないように、誰かを呪い続けるのはそれは違うんだと証明したかった。
一体誰を自らは呪っているのかも知らず、ただ日々の苦痛は鞭を打つよつに止みはしなかった。

「マリナのことを……嘘を吐いたおれを、許してほしい」

刹那には彼がなにを考えているのか今も昔もわからない。だが、みょうにすっきりとした表情で""ニール""が言うものだから――少しだけ、嬉しかった。

「許してほしいのは、俺の方だ」

吐き捨てるようにニールは言葉を出し切った。
俯いたまま膝を折って、刹那の手を握る。それを刹那は拒絶するでもなく、受け入れニールの肩に触れる。
膝を付いて視線を合わせた。

「でもお前は俺を許してはいけない。……許さないでいてほしい」
「……」
「だけど、もし……ティエリアや、アレルヤが言うように。本当に俺の事をもう憎んでいないのなら……」

憎む、という表現を刹那から初めて聞いた気がする。

「会いに行ってもいいか。マリナに。……お前に」

些細なすれ違いだった。
大切なマリナを失ったとき、刹那の心は他の誰よりも傷付き、悲しみに暮れた。それでも誰も理解してくれなかった。
悲しいという彼を信じることが出来なかった。
そんなのは哀しみではない、そんなものは、お前の気持ちは彼女を呪っているだけだ、と。

「だから、最初からそう言ってるだろう」

ニールは微笑む。行ってやってくれ、墓参りに。
そうして笑顔の裏で想う。きっとどこかの世界で、刹那もきっと、俺の墓参りをしてくれたのだろう。
ティエリアも。どうしておれは死ぬことが出来たのだろうか。
自分であるにも関わらず、過去は知り得ない。

だけどそれで良かった。それだけ分かれば十分だ。

──おれはだれも憎んでいない。

世界を愛するにはまだ早いかもしれないけれど、それでも。
周りを愛するには十分だ。
この壁の内側くらいには、きっと。

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