Ailes Grises | ナノ

最終話


一体どれ程の間、目を逸らしていたのだろう。

ニールが廃工場を出ると、息はもう白いのが見えるほど寒かった。
空を見上げると太陽が姿を消し、葡萄色の夕暮れだった。薄暗く、曇り模様で、少し遠くから雷鳴が聞こえる。
以前の自分であれば、雷に打たれて死んでもいいと思えただろう。

でも、もう目を逸らしてはいけない。

ニールは歩く。広場に戻る道を進む。こんなにも足取りが軽かった事は無い。心臓の音が、早くなっていく。
街の中心である広場に戻れば、松明が中央に集められ囲うように格子を組んで高く積み上げられていた。
家の前に篝火が松明の代わりに小さく灯っている。
人々が行き交う中で、その姿を見付けた。
視線が合って、駆け寄る。アレルヤもまた、走って来た。

「後押ししてくれて、ありがとう。」

真っ先に出た言葉は、それだった。
アレルヤがいなければ辿り着けないエンディングだった。
刹那と理解し合えた。お互いを、許し合えた。
いつも頭の奥で鳴り響いていた銃声は止んだ。

「……ッ、おかえりなさい」

約束通り、アレルヤは。ニールを迎える。
身を震わせ、アレルヤはコートの上にかけていたストールでニールを包み込む。
大き目のそれは二人分の体温で温かみを増した。

「あったかい」
「帰って来なかったら……どうしようかと」

「おれが? なんで?」
「なんで、って……そういう流れじゃないですか、あからさまに。駆け落ちでもするパターン」
「……お前、最近ヘンな本でも読んだのか?」

たとえそういう物語だったしても、到底本人にとってはそうは思えない。
ある意味で告白に近い行為――真の意味では、告白であるのだが――かもしれないけれど、男女であったとしても、これは違う。

「まあ、帰って来なかったらそれは、おれが巣立てたって事だな」

あの壁の向こうへ。
ニールはぽつりと呟いた。いつしか時計塔のてっぺんで聞いた言葉だ。
いつかあの壁の向こうへと行ってみたい。
それは罪憑きとなったニールが願う、巣立って行ったみんながいる世界。
穏やかで、誰かを憎むこともなく、妬むことのない世界。

「……嫌、」

嫌。いやだ。あんなにもアレルヤは願った。
何度も、何度も願い、頽れた夢だった。
アレルヤはアレルヤで、祈り、願いである。
その願いの真意をアレルヤは否定した。

「アレルヤ、目を瞑って?」

灰羽は人知れず巣立って行くのが決まりだから。
いたずらに笑みを浮かべていて、それが冗談だとは流石のアレルヤでも分かった。
いじらしくニールを睨みつけて、アレルヤはぷいとそっぽを向く。
ぐいっとストールを手繰り寄せるようにニールはアレルヤを抱き締めた。

「アレルヤ。ただのアレルヤ。すきだよ」

そう言ってニールは微笑む。
今までに見たことの無い、穏やかな笑みで。
満たされたような笑みで。

――この世に、絶対は無い。おれはそれを学んだ、という。
絶対不変のものは無かった。
この街でさえ毎日移り変わって、一日たりとも同じ日は無かった。
彼女がいなくなってから、それが、当たり前の日常が普遍であることを思い知らされた。

「ああ……やっと見付けることが出来た」

アレルヤの瞳を見詰めて、ニールはやっと気付く。
この星空のような瞳に、おれはずっと逢いたかった。

花火が上がる。打ち上げ花火の笛のような音の後に、ドンッと破裂する音と、火花が散っていく香り。どこかで聞き、どこかで香った。
だけど今は、それよりも。
目の前に燦然と輝く星々の方が、大事だった。

アレルヤの左右の星色が揺らぐ。涙で潤み、溶け落ちてしまいそうだ。

「ぼくは……――」

アレルヤの言葉を耳にして、ニールもまた涙を滲ませて、瞳を細める。
どれだけその言葉を待ちわびただろう。
軽く上体を揺らし抱き締め合って、二人は涙を流す。
何よりも代えがたい、たった一人だけを。



2013.06.16-2021.06.27

prev / next
[ back ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -