13話
「マリナは灰翅じゃないけど、おれはたしかにソランが、刹那へのおくりものなんだって思ってる。……なあ、刹那の名前の意味、知ってる?」
ロックオンの問いにアレルヤは首を横に振った。
「一瞬、って意味だ。気付いたらここにいたんだと。一瞬何かが光って、気付いたら生まれてた。」
「へえ……?」
ティエリアも似ていて遠くの星を望遠鏡で見ていたら……とロックオンは名前の意味を続ける。
先程までの深刻そうな表情とは打って変わったロックオンにアレルヤは生返事を返す。
今、それとこれと何が……関係あるのか、そうアレルヤが問い返すところだった。
「おれは何の夢も見ていない」
「……は?」
突然のロックオンの言葉にアレルヤは虚を突かれた声を出した。
「適当に誤魔化してたら、こんな名前さ。意味は「狙いを定める」。ヒクサーさんが付けた」
あの人妙に感が良いから。そうロックオンは続けた。
「刹那とソランだけは……マリナが付けた。マリナが見付けた繭でもあったし、普通の人間からしたら、二人は兄弟のように見えるんだとさ」
言われてみれば二人の容姿は兄弟と言っても障りないくらいに似ている。
「で、話は戻るんだけど……。アレルヤ。お前は罪憑きなんかじゃないよ。絶対違う。おれが保証する」
「な……ん…………」
冷たい氷が落ちてくる。まるで彼との最後の繋がりを断たれたかのように、アレルヤはその場に立ち尽くした。
過去の罪憑きの傾向から、夢を正しく見ている灰翅の病みは後天的なもので、回復する見込みがあった。
……夢を見ていない、自分と違って。
「お前が何を気に病んでるのか、おれには分からない。だけどおれが原因なら、それはおれが止めなきゃいけない。お前を解放してあげなくちゃいけない……!!」
「もうあなたが誰かを呪ってるのを見るのは嫌なんです!」
張り上げられた声が、至近距離で聞こえた。これまで一方的に聞かされるだけだったアレルヤの堰がとうとう切れた。
「穢れていても、どんなに疎まれても……! 貴方が他人を呪うのなら、僕も他人を呪う。貴方と一緒に」
「呪う……?」
「貴方の穢れが誰かに感染るのを危惧してるなら、全部ぼくに押し付ければいい、ぼくだったら全部受け入れる、受け入れてみせる……!」
嗚咽にも近い叫びだ。
とうてい、綺麗な感情には思えない。彼を想う事すら汚泥にまみれ、黒く、塗りつぶされている。
勘違いだったとしても──せめてそれくらいは、近くありたい。
「違うならそうと言って!誰も恨んでないと、憎んでないと!!ぼくすら要らないと!!」
アレルヤの支離滅裂な言葉に、ロックオンは後退りした。
アレルヤの望みは。願いは。──祈りは。
「────あ、」
叫んで、アレルヤははた、と止まった。何かに気付いたかのように。
そして思い出したように、アレルヤの瞳からは涙が零れる。
「そうだ──祈ってたんだ。ぼくは、貴方が……あなたが何も苦しんでないって……」
気付いてしまった。自分の夢の本質に。そして歓びが、心の底から湧き上がる。
今、自分は何よりも幸せだ。
そしてロックオンが言うように、自分が罪憑きではない事に自覚してアレルヤはその場に崩れ落ちた。
何度も夢想して、自分自身の想いで掻き消えそうになった夢の本質。
背後からやって来る人はいない。
何故ならその人が眠っている場所に自分は凭れていたからだ。祈っていたからだ。
*
その場に蹲るアレルヤにロックオンは駆け寄った。涙を流して小さくなるアレルヤの背を撫でる。
「前に訊いたろう? 『おれとおまえがおなじだから?』って」
罪憑きはやがて気が狂い、森を彷徨って死ぬという。
ロックオンは誕まれた時から、病に侵されていた。
「……そっちのほうが良かった?」
アレルヤの肩を抱き、その黒髪に頬を埋める。床に腰を下ろして、アレルヤを腕の中に招き入れる。
ロックオンの問いかけにアレルヤは静かにうなずいた。
同じが良かった。……でも、本当に同じだったら、彼を救う事は、出来ない。
「お前は言ったな。『ぼくだからって言ってくれると嬉しい』って」
たった一つの望みだった。自分を望んでほしい。自分にとって大切な人に、自分を望んでほしいという渇望。しかしそれが叶わないと知った後の、最後の想いの欠片でもある。
「おれはそうだと応えてもよかったんだ」
ロックオンは笑って言う。それは否定の言葉では無かった。
手を伸ばして、触れる黒髪が柔らかいことは知っていた。
一房掴んで手繰り寄せる。ところどころ跳ねている癖のある髪だが、しなやかに唇に触れる。
「――言葉にするのは、難しいな。」
言葉にもせず。仕草も変えず。ただの一人として接していたのはロックオンの方だった。
だからアレルヤは、彼に惹かれた。
だけどそれが「自分の繭を見付けてくれた人を大切に感じてしまう」といロックオンの事を好きだと思うのが、ロックオンが一番最初に自分を見付けてくれたからだという理由なら、それには何の意味ももたない。
「穢れた灰翅でも、誰かを呪うのは嫌なんだ」
アレルヤは別の意味で、今度は自分の事をけがれていると自称する。
彼の腕の中にいても、安心にはつながらない。
「……おれ、そんなに他人を嫌ってたかな……」
ふるふると首を振った。
「ぼくが、です。本当は嫌だった。誰かに嫉妬して、憎んで……でもそうしていないと、落ち着かない。やりきれない」
自分で自分を呪っていたのだとアレルヤは気付く。
彼を愛してしまったから。愛を、美しく昇華出来なかったから。
それが繭から生まれる前の事か、今の自分であるのか、アレルヤには分からない。
「今、ぼくは""アレルヤ""です。貴方への祈りだけで生まれた、ただのアレルヤ。これがぼくの、マナ」
アレルヤの言葉に、ロックオンは瞳を見開いた。
「……嫌だ!いかないでくれ!!」
真名、と聞いてロックオンは我にもなくアレルヤをきつく抱きしめた。
縋りつくように、本当はもっと早くこうして欲しかった、とアレルヤは語る裏で想う。
でも、思い出した後じゃないと、意味がない。
貴方だけの祈り。
貴方だけへの想いだけで、自分はこんな所までやって来た。
彼の夢を届ける為に。
「ニール、思い出して。貴方はみんなに愛されていた。……貴方も、みんなを愛していた」
罪憑きとは解けない呪いだった。誰かを呪う、呪いだった。
灰翅は何処から来て、何処へ行くのか誰も知らない。
だけど。
貴方は誰も呪っていない。
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