「レボルト、無理強いはいけないよ?」
「……ユウ様」
伊吹の目の前に現れたのは、中性的な容姿をした黒髪の子供だった。
彼か彼女かよく分からないが、あの子供には逆らえないようで、レボルトは渋々ながら伊吹からそっと手を離した。
「ごめんね?怖かったでしょ、イヴ」
(この子も「伊吹」じゃなくて「イヴ」呼称なのね……)
この世界の人にはなにを言っても無駄な気がする。
半ば諦め気味な伊吹は、もうなにも突っ込まなかった。
「……貴方は誰?」
「ああ、僕?僕はユウ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
ふふふ、とユウは無邪気に笑った。
「ねぇイヴ、君に会わせたい子がいるんだ」
「会わせたい子……?」
その言葉にビクリとする。
どうせその「会わせたい人物」とやらも変な人に決まっている。
これ以上変な人物には関わりたくない伊吹は、やんわりとだが拒否の意思を表した。
「ごめんなさい……私用事が……」
「そんなことどうでもいいよ、つべこべ言わずに行こう!イヴ!」
「ぅ……はい…。」
キラキラとした笑顔で言われれば逆らえない。
子供の笑顔とは総じてかわいいものだ。
「イヴ、騙されてるよ?ユウ様はかわいい顔してるけど実はクソジジ――」
「レボルト、黙ってて」
ぴしゃりとそうレボルトの言葉を跳ね除けて、ユウは伊吹の腕を引っ張って歩き出した。
その後ろにレボルトが保護者のような感じで付いてきていた。
道中、伊吹はとあることについて考えていた。
それは、ユウの性別についてだ。
(どっちなんだろう……)
声からしてユウは中性的だ。
どちらか分かりにくい。
顔つきは可愛らしく女の子のように細いが、胸はない。
だがこの年の女の子の胸はないものであって。
(わ……解らない……)
「イヴ、ユウ様の性別で悩んでるなら、無駄だからやめた方がいいよ」
伊吹が悩んでいるのに気付いたのか、二人の半歩後ろを歩いていたレボルトが、伊吹に話しかけた。
「え?なんで?」
「ユウ様には性別がない」
「は?」
レボルトの言葉に度肝を抜かれる。
「性別がないって……どういう……」
「ユウ様はこの楽園の創造主、一言でいうなら「神」なんだ」
だから性別がないんだよとレボルトは付け加えた。
(え?……え?)
理解の範疇を超えていた。
いくら夢だろうがそんな設定はいやだ。
「僕を人間の性別なんていう狭い枠に納めて考える方が馬鹿だと思うけどね」
「……だから言っただろう?ユウ様に関して考えちゃ駄目だって」
溜め息を吐きながら話すレボルトに、伊吹は心底同意した。
これからはこの事には触れないでおこう。
世の中には解明できないこともあるのだ。
そう深く誓って、伊吹は静かにそ息を呑んだ。
しばらくして、
「着いたよ」
(え……ここ……?)
伊吹が連れて来られた場所、そこは丘の上に建つあの城だった。
高い塀で囲まれた城は、全てが純白の大理石で出来ていた。
それだけでも驚いた伊吹だったが、中の装飾品は外面以上だった。
床にはベルベットの絨毯、壁は素人の伊吹でさえ、一目で高価だと分かる絵画たちで埋め尽くされていた。
「どう?すごいでしょ?」
「ええ……」
一般庶民の自分には全く縁のない世界だとと思っていた。
現実味がなさすぎて、伊吹はやはりこれは夢なのだと再認識した。
伊吹の反応にご満悦なのか、ユウは伊吹の腕を引っ張ると階段を駆け上がり、城の最上部にある付近にある1つの部屋へと連れて行った。
可愛らしい家具で彩られた其処は、お伽噺でいう「お姫様の部屋」そのもの言っても過言ではなかった。
女の子なら小さい時に一度は憧れたであろう夢のお城。
「気に入った?」
ベッドに腰掛けながらユウが伊吹に笑いかける。
ギシリとベッドのスプリングが鳴った。
「……まあ…………素敵だとは思うわ」
(……でも私には関係ない世界ね)
女の子は、小さい時お姫様に憧れる時期がある。
伊吹にだってそういう時期はあった。
王子様がやってきて、お城に連れて行ってくれる。
そんな幻想を抱いていた頃も存在した。
だが今は高校生。
もうそんな時期は卒業し、実現は不可能だと解っている。
「関係ない話じゃないよ。むしろ関係大有りだ」
「貴方、心が読めるの?」
伊吹は言葉を口にしていない。心の中で呟いただけだ。
なのにユウは伊吹の心の呟きに答えた。
「当然だよ、神はなんだってわかるんだ」
ユウは、エヘンという効果音が付きそうな程自慢げに胸を張った。
そして事も無げに衝撃の発言をした。
「君にはここに住んで貰おうと思っているんだ。」
「……はい?」
今こいつは、ここに住めと言ったのか?
「そっか、了承してくれたんだねレボルト!早速エフィアを呼んできて!」
「分かりました」
「ちがっ――!!」
先程の「はい」は疑問系の「はい」だったのに、二人の脳内では了承の意味で取られてしまったらしい。
反論しようにも、レボルトは部屋を出ていってしまったし、ユウも無視を決め込んでいる。
(ユウ!?貴方心が読めるんでしょ!?)
なら私の本意に気付け、という目線を伊吹は力一杯送ってみたものの、頑なに無視された。
そうこうしている内に、先程ユウに言われてメイド長を呼びに行ったレボルトが戻って来た。
横にはエフィアと思われる女性が立っている。
「エフィア・ハイングと申します。イヴ様、お会いできて光栄です!」
伊吹より年上の美しい女性は、伊吹を見るなり感極まったように何度も、伊吹の手を握って上下に振った。
(此処の人達って皆こうなのかしら)
満面の笑みのエフィアに、正直困り顔の伊吹。
皆が皆こういう反応なのだから違和感を覚える。
現実であまり人に好かれていなかっただけに、違和感は倍増だ。
それが、伊吹に更にこの世界を夢だと思わせた。
「イヴ、此処にくる時に会わせたい人がいるって言ったよね?」
「そういえば……あれってもしかしてエフィアさんのことなの?」
伊吹は純粋にそう思っただけなのだが、とんでもございません!とエフィアに真っ向から反論された。
「イヴ様、私の事はどうぞエフィアとお呼びくださいませ!いいえ!寧ろ呼んでくださいまし!」
「……そうは言っても年上の人を呼び捨てにするのは……」
年上の、いかにも出来る女の人を呼び捨てには出来ない。
それぐらいの良識は伊吹だって持っている。
「あれ?年上っていうなら俺も年上なんだけど?」
「黙れこのロリコン」
(どの口がいうんだか……)
伊吹は口を挟んできたレボルトを、思いっきり睨みつけた。
最悪のファーストキスをされた相手に敬意など必要はないと思う。
「あれ?僕はどうなるの?イヴ。僕君より立場上なんだけど」
(そういえば)
伊吹は今更ユウを呼び捨てにはしていた事を思い出した。
「貴女の場合、年齢が私より下に見えるから……」
実際ユウは10歳程の子供に見える。
「神とかそういう自覚がないのかも」
伊吹が「様って付けた方がいいの?」と聞くと、ユウは面白いからそのままでいいと返答した。
内心ユウ以外の全員がそれでいいのか、と思ったが誰もそこには突っ込まなかった。
「コホン、さて、本題に入ろうか」
ユウはわざとらしく咳払いをすると、エフィアにイヴを着替えさせるように指示した。
命令を受けたエフィアがパチンと指をならすと、どこからともなく二人のメイドが現れ伊吹の両腕を拘束した。
「えっ……えと…エフィア……さん?」
「イヴ様、さあ行きますよ!この日のために私たちメイド一同、精一杯準備したのですから!」
満面の笑みを浮かべるエフィアは、叫ぶ伊吹を無理矢理隣の部屋へと連行して行った。
その様子を二人は呆然と見つめていた。
女性陣がいなくなり、室内には気まずい沈黙が訪れる。
やがてその沈黙を破ったのはユウだった。
「ねえ、レボルト。失敗は許さないよ?」
「……解っています」
威圧感を隠そうともしないユウを、レボルトは気だるげに見た。
面倒臭そうな、見下してくるようなその目に、ユウはチッと舌打ちをした。
「相変わらず人を舐めた目で見る男だよ、お前は。……失敗したらお前の手足、千切るからね。この役立たず」
それだけ言うと、ユウはレボルトを残して部屋を出ていった。
一人残されたレボルトは、自分も部屋を出ようと、ゆっくりと立ち上がった。
レボルトは部屋を出ていく間際、一度だけ目を深く閉じた。
これからこの部屋の主になるであろう少女の姿を思い描いて。
「……ユウ様」
伊吹の目の前に現れたのは、中性的な容姿をした黒髪の子供だった。
彼か彼女かよく分からないが、あの子供には逆らえないようで、レボルトは渋々ながら伊吹からそっと手を離した。
「ごめんね?怖かったでしょ、イヴ」
(この子も「伊吹」じゃなくて「イヴ」呼称なのね……)
この世界の人にはなにを言っても無駄な気がする。
半ば諦め気味な伊吹は、もうなにも突っ込まなかった。
「……貴方は誰?」
「ああ、僕?僕はユウ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
ふふふ、とユウは無邪気に笑った。
「ねぇイヴ、君に会わせたい子がいるんだ」
「会わせたい子……?」
その言葉にビクリとする。
どうせその「会わせたい人物」とやらも変な人に決まっている。
これ以上変な人物には関わりたくない伊吹は、やんわりとだが拒否の意思を表した。
「ごめんなさい……私用事が……」
「そんなことどうでもいいよ、つべこべ言わずに行こう!イヴ!」
「ぅ……はい…。」
キラキラとした笑顔で言われれば逆らえない。
子供の笑顔とは総じてかわいいものだ。
「イヴ、騙されてるよ?ユウ様はかわいい顔してるけど実はクソジジ――」
「レボルト、黙ってて」
ぴしゃりとそうレボルトの言葉を跳ね除けて、ユウは伊吹の腕を引っ張って歩き出した。
その後ろにレボルトが保護者のような感じで付いてきていた。
道中、伊吹はとあることについて考えていた。
それは、ユウの性別についてだ。
(どっちなんだろう……)
声からしてユウは中性的だ。
どちらか分かりにくい。
顔つきは可愛らしく女の子のように細いが、胸はない。
だがこの年の女の子の胸はないものであって。
(わ……解らない……)
「イヴ、ユウ様の性別で悩んでるなら、無駄だからやめた方がいいよ」
伊吹が悩んでいるのに気付いたのか、二人の半歩後ろを歩いていたレボルトが、伊吹に話しかけた。
「え?なんで?」
「ユウ様には性別がない」
「は?」
レボルトの言葉に度肝を抜かれる。
「性別がないって……どういう……」
「ユウ様はこの楽園の創造主、一言でいうなら「神」なんだ」
だから性別がないんだよとレボルトは付け加えた。
(え?……え?)
理解の範疇を超えていた。
いくら夢だろうがそんな設定はいやだ。
「僕を人間の性別なんていう狭い枠に納めて考える方が馬鹿だと思うけどね」
「……だから言っただろう?ユウ様に関して考えちゃ駄目だって」
溜め息を吐きながら話すレボルトに、伊吹は心底同意した。
これからはこの事には触れないでおこう。
世の中には解明できないこともあるのだ。
そう深く誓って、伊吹は静かにそ息を呑んだ。
しばらくして、
「着いたよ」
(え……ここ……?)
伊吹が連れて来られた場所、そこは丘の上に建つあの城だった。
高い塀で囲まれた城は、全てが純白の大理石で出来ていた。
それだけでも驚いた伊吹だったが、中の装飾品は外面以上だった。
床にはベルベットの絨毯、壁は素人の伊吹でさえ、一目で高価だと分かる絵画たちで埋め尽くされていた。
「どう?すごいでしょ?」
「ええ……」
一般庶民の自分には全く縁のない世界だとと思っていた。
現実味がなさすぎて、伊吹はやはりこれは夢なのだと再認識した。
伊吹の反応にご満悦なのか、ユウは伊吹の腕を引っ張ると階段を駆け上がり、城の最上部にある付近にある1つの部屋へと連れて行った。
可愛らしい家具で彩られた其処は、お伽噺でいう「お姫様の部屋」そのもの言っても過言ではなかった。
女の子なら小さい時に一度は憧れたであろう夢のお城。
「気に入った?」
ベッドに腰掛けながらユウが伊吹に笑いかける。
ギシリとベッドのスプリングが鳴った。
「……まあ…………素敵だとは思うわ」
(……でも私には関係ない世界ね)
女の子は、小さい時お姫様に憧れる時期がある。
伊吹にだってそういう時期はあった。
王子様がやってきて、お城に連れて行ってくれる。
そんな幻想を抱いていた頃も存在した。
だが今は高校生。
もうそんな時期は卒業し、実現は不可能だと解っている。
「関係ない話じゃないよ。むしろ関係大有りだ」
「貴方、心が読めるの?」
伊吹は言葉を口にしていない。心の中で呟いただけだ。
なのにユウは伊吹の心の呟きに答えた。
「当然だよ、神はなんだってわかるんだ」
ユウは、エヘンという効果音が付きそうな程自慢げに胸を張った。
そして事も無げに衝撃の発言をした。
「君にはここに住んで貰おうと思っているんだ。」
「……はい?」
今こいつは、ここに住めと言ったのか?
「そっか、了承してくれたんだねレボルト!早速エフィアを呼んできて!」
「分かりました」
「ちがっ――!!」
先程の「はい」は疑問系の「はい」だったのに、二人の脳内では了承の意味で取られてしまったらしい。
反論しようにも、レボルトは部屋を出ていってしまったし、ユウも無視を決め込んでいる。
(ユウ!?貴方心が読めるんでしょ!?)
なら私の本意に気付け、という目線を伊吹は力一杯送ってみたものの、頑なに無視された。
そうこうしている内に、先程ユウに言われてメイド長を呼びに行ったレボルトが戻って来た。
横にはエフィアと思われる女性が立っている。
「エフィア・ハイングと申します。イヴ様、お会いできて光栄です!」
伊吹より年上の美しい女性は、伊吹を見るなり感極まったように何度も、伊吹の手を握って上下に振った。
(此処の人達って皆こうなのかしら)
満面の笑みのエフィアに、正直困り顔の伊吹。
皆が皆こういう反応なのだから違和感を覚える。
現実であまり人に好かれていなかっただけに、違和感は倍増だ。
それが、伊吹に更にこの世界を夢だと思わせた。
「イヴ、此処にくる時に会わせたい人がいるって言ったよね?」
「そういえば……あれってもしかしてエフィアさんのことなの?」
伊吹は純粋にそう思っただけなのだが、とんでもございません!とエフィアに真っ向から反論された。
「イヴ様、私の事はどうぞエフィアとお呼びくださいませ!いいえ!寧ろ呼んでくださいまし!」
「……そうは言っても年上の人を呼び捨てにするのは……」
年上の、いかにも出来る女の人を呼び捨てには出来ない。
それぐらいの良識は伊吹だって持っている。
「あれ?年上っていうなら俺も年上なんだけど?」
「黙れこのロリコン」
(どの口がいうんだか……)
伊吹は口を挟んできたレボルトを、思いっきり睨みつけた。
最悪のファーストキスをされた相手に敬意など必要はないと思う。
「あれ?僕はどうなるの?イヴ。僕君より立場上なんだけど」
(そういえば)
伊吹は今更ユウを呼び捨てにはしていた事を思い出した。
「貴女の場合、年齢が私より下に見えるから……」
実際ユウは10歳程の子供に見える。
「神とかそういう自覚がないのかも」
伊吹が「様って付けた方がいいの?」と聞くと、ユウは面白いからそのままでいいと返答した。
内心ユウ以外の全員がそれでいいのか、と思ったが誰もそこには突っ込まなかった。
「コホン、さて、本題に入ろうか」
ユウはわざとらしく咳払いをすると、エフィアにイヴを着替えさせるように指示した。
命令を受けたエフィアがパチンと指をならすと、どこからともなく二人のメイドが現れ伊吹の両腕を拘束した。
「えっ……えと…エフィア……さん?」
「イヴ様、さあ行きますよ!この日のために私たちメイド一同、精一杯準備したのですから!」
満面の笑みを浮かべるエフィアは、叫ぶ伊吹を無理矢理隣の部屋へと連行して行った。
その様子を二人は呆然と見つめていた。
女性陣がいなくなり、室内には気まずい沈黙が訪れる。
やがてその沈黙を破ったのはユウだった。
「ねえ、レボルト。失敗は許さないよ?」
「……解っています」
威圧感を隠そうともしないユウを、レボルトは気だるげに見た。
面倒臭そうな、見下してくるようなその目に、ユウはチッと舌打ちをした。
「相変わらず人を舐めた目で見る男だよ、お前は。……失敗したらお前の手足、千切るからね。この役立たず」
それだけ言うと、ユウはレボルトを残して部屋を出ていった。
一人残されたレボルトは、自分も部屋を出ようと、ゆっくりと立ち上がった。
レボルトは部屋を出ていく間際、一度だけ目を深く閉じた。
これからこの部屋の主になるであろう少女の姿を思い描いて。