19.子供扱い
あれは何かの間違いだ。
酔った勢いでレボルトに今まで思っていた事を全部ぶつけてしまっただなんて、冗談にしてはタチが悪すぎる。

(あれは夢。絶対に夢。夢に決まってる)

酒に酔っている間の出来事は、風の噂で忘れるものだと聞いていた。
だから、こんなにも鮮明に昨晩の痴態を覚えている訳がない。
絶対にあれは夢だった。
頼むからそういう事にしておいて欲しい。

レボルトの部屋の一角にある自分の部屋のベッドの上で目を覚ましたイヴは、激しい自己嫌悪に陥っていた。
そもそも、一体全体どうしてソファにいたはずなのに自室にいるのだろう。

(勘弁してよ……)

覚えていなくてもいい、むしろ地獄の底に葬りさってしまいたい記憶は覚えているのに、肝心な所は記憶にないとはどういう了見なのか。

それにしても、いくら酔っていたとはいえ、たった二杯ワインを飲んだだけでここまで潰れてしまうとは、アルコール耐性が無さすぎるのではないだろうか。

頭は割れるように痛く、吐き気までする。

レボルトは記憶によればピンピンしていたというのに。

(いやでも、レボルトのお酒に対する耐性は人外のレベルだから……)

というか、実際人外である。

今まで心の内に留めていた事を全て吐露してしまった。

(これからどういう顔でレボルトに会えばいいのよ)

気まずいどころの話ではない。
レボルトに今まで育ててもらった事は本当に感謝している。
邪魔だと、面倒だと思われているだなんて、今更何を考えていたのか。

(そんなの今更じゃない……)

昨晩の自分を刺し殺したいくらいだ。
あまりに恥ずかしくて、合わせる顔がなくて、イヴは頭を抱えて布団の上を転がり回りたくなった。
しかし、不思議な事に体は全く動こうとしない。

疑問に思い少しだけ上半身を起こし、イヴは重量を感じる場所、自分の下半身に視線を向けた。
そして見えたものに絶句した。

「なっ……!?」

そこにはイヴの太ももあたりに頭を乗せ、椅子に腰かけ半ば倒れるように眠っているレボルトがいた。
よく見ると、イヴの腕は彼のシャツをきつく握りしめており、レボルト的には不可抗力、この惨状はどこからどう見てもイヴの引き起こしたもののようだった。
酔いつぶれてしまったイヴを抱え上げてレボルトが部屋に運び込んでくれ、そのレボルトをどういう訳か知らないが、イヴが離さなかった。
おそらくそういう事なのだろう。

この件に関しては覚えていなくてもよかったのかもしれない。
だが、何の記憶もないというのも、逆に不安になる。

(あー……もう嫌……)

頼むからそっとしておいて欲しい。
昨夜のレボルトには迷惑をかけっぱなしだったに違いない。
気まずい。純粋に気まずい。
イヴはレボルトが起きないように細心の注意を払い、そっとレボルトのシャツから手を離し、ベッドから抜け出そうとした。あともうちょっとでベッドから出られる。
レボルトがイヴの手首を折らんばかりの勢いで掴んできたのは、丁度その時だった。

肩を大きく震わせ、目を見開き、レボルトを見ると、音がしたかと思うほど、ばっちりレボルトと目が合った。
寝起きでまだ焦点が合っていないのか彼の目は虚ろだったが、それでも確かに視線がかち合った。
何も言えずに固まること数秒。

「……おはようございます」

先に口を開いたのはレボルトだった。
レボルトはゆっくりと体を起こすと、椅子に腰かけたまま、今度はしっかりとイヴを見詰めてきた。

「お……おは……よう」

動きは固く、笑顔はぎこちない。
何か言われるかと思ったがレボルトは何も言わなかった。
情けない、しっかりしなさい。
そんな罵声が飛んでくるのだろうと身構えていたが、代わりに訪れたのは柔らかな眼差しと掌の温もりだった。
なにも言われず、無言で頭を撫でられる。
きっと自分は酷い顔をしているのだろうと思う。
虚勢も張れず、情けなく泣きそうになっている、小さな小娘。
怖くてレボルトの顔を見れない。
ぎゅっとワンピースの裾を握り締める。
嗚呼、情けない。甘えてはいけないのは重々承知している筈なのに。

込み上げてくる自己嫌悪と涙を抑えるように押し黙っていると、レボルトがイヴを撫でながら口を開いた。

「正直に言うと、貴女の事を、最初は邪魔だと思っていました」

告げられた言葉に押し殺していた涙が零れそうになる。
お願いだからそれ以上先を言わないで欲しい。

「酷い保護者だと、俺も思います。でも、最初だけです。今は、邪魔だなんて思っていません」

イヴは恐る恐るレボルトを見上げた。
爬虫類独特の、尖ったような冷たい瞳が、今は酷く優しく見えた。

「確かに、貴女は淑女ではありませんし、鬱陶しいと思うことも多々あります。寂しがりやの癖に妙に虚勢を張って。変なところで冷めていて、毒舌。一体誰に似たんですかね」

「あ……貴方以外誰がいるのよ」

「そうですね、そっくりですよ。俺と」

笑ったレボルトが、イヴには妙に自虐的に映った。
彼の後ろに自分の姿が一瞬映った気がして、イヴは瞬いた。

「貴女は確かにユウ様に作られた娘です。ですが、確かに俺に育てられた俺の娘です。俺は、誰よりも、ユウ様よりも、貴女を知っている自覚がある。不安だと言うのならば、事細かに言いましょうか?そういえば貴女は五歳までおね――」

「言わなくていい!そこまで言わなくていい!」

顔を真っ赤にして、イヴは叫んだ。

「ここまで聞いて、まだ不安ですか?」

レボルトは目を細めて、心底愉快だといった形相で笑んだ。
ぶんぶんと音を立てて首を横に振ると、更に笑みが深まった。

「よろしい」

わしゃわしゃと雑に髪をかき乱され、イヴは真っ赤になりながら反論した。

「こ……子供扱いは……!」

「昨日あれだけ騒いでおいて子ども扱いするな、と?」

「……ご、ごめんなさい」

「まずは風呂に入ってきなさい。話はそれからです」

「はーい……」

昨日はなし崩し的に眠ったのを忘れていた。
言われてみれば、何となく気持ち悪い。
ここは素直に従っておこうと、イヴはベッドから降り風呂に向かおうとした。

「イヴ様」

ドアを開けバスルームに向かおうとすると、後ろから声を掛けられ呼び止められた。

「今日はユウ様から休みをもぎ取ってきましたので、ゆっくりできますからね」

にっこり、と擬音が付きそうな程の満面の笑みに、イヴは固まった。
これは新手の羞恥プレイか何かだろうか。
神様、お願いですから勘弁してください。
恥ずかしくて死んでしまいそうだ。

二日酔いでただでさえ痛む頭が、更に痛みを増した気がした。


prev next

TOP/ 戻る