11.親族襲来
翌朝、うっすらと目を覚ましたレボルトは、己の布団の中になにやら暖かいものがある事に気付いた。
程よい暖かさのそれを引き寄せて、抱き枕にしてみると案外心地好い。
ふにふにと柔らかいそれはまるで人肌の様で

(……人肌?)

「っ……!?」

そこでようやく意識が覚醒したレボルトは自分の今おかれている状況を、やっと理解した。
急いで手を離して、布団を捲り飛び起きると、案の定悩みの種の子供「イヴ」が穏やかな寝息をたてて眠っていた。
夢なら良かったのにと思い目を擦ってみても、目の前の子供は消えない。

(……俺に何を求めているんですか、ユウ様は)

レボルトは溜め息を吐きながらも、取り敢えずイヴを起こすことにした。

「……イヴ様、起きてください」

相手は年下。
しかもまだ子供。
それでも上司というか創造主の子供なので、レボルトからすれば相手はお嬢さん、目上の立場になる。

「イヴ様ー」

ぺちぺちと軽く頬を叩いても反応はない。

(……よく眠っておいでだことで)

人が苦労しているのに、涎をたらして寝ているとは、嘗めているのかこの娘は。
絞め殺すぞ。

レボルトが、眉間に皺を浮かべながら、ふと物騒な事を考えた時だった。

「絞め殺すは流石に穏やかじゃないんじゃない?その子の世話は君に一任する予定なんだから、もっとちゃんとしてくれない?」

どこからともなくユウとリリスが出現した。

「レボルト、その子に変な事をしたら命はないと思いなさいよ。イヴちゃん、ほら、起きなさい」

リリスはレボルトを黒い笑顔で睨み付けた後、優しい手付きでイヴを起こしにかかった。
ゆっくりとリリスがイヴを揺すると、イヴは眠たそうに目を擦りながら小さく欠伸を溢した。

「イヴちゃんっ……!」

母性本能をモロに刺激されたのか、リリスはイヴを思いっきり抱き締めて、頬擦りをした。

「うーっ!!」

「リリス様、イヴ様が苦しがっています」

苦しいのか微かにイヴが身じろいだのを認識したレボルトは、二人の間に割り込んで無理矢理イヴを己の腕の中に閉じ込めた。
なんだかんだ言っても、レボルトもイヴの事がかわいいらしい。
本人は絶対認めないだろうが。

イヴはイヴで、レボルトの腕の中が心地好いのか、彼のシャツを握りしめて再び眠りにつこうとしていた。
どうやら、レボルトは凄まじくなつかれているらしい。

リリスは、そんな二人を不満気に見つめていた。

「イヴちゃん、男の趣味だけは悪いわね。こんな性悪の何処がいいんだか」

「はいはい、余計なお世話です」

「余計なお世話じゃないわ、イヴちゃんには私の旦那様の様な素敵な人と」

「はいはい、ノロケ話は結構」

リリスは夫であるアダムにベタ惚れである。よって、アダムについて語りだすと切りがない。
レボルトは、時間の無駄だと、リリスを軽くあしらった。

「それで?朝っぱらから何の用ですか?」

まさかただの冷やかしじゃないだろうなと、レボルトはユウを睨み付けた。
ユウならその可能性もゼロではないだけに、恐ろしい。

「実は、君に昨日言うの忘れてた事があってさー。それを伝えに来たんだよ」

ユウは軽くウィングをしてからレボルトに歩みよった。
ぽん、とレボルトの両肩に手を置き微笑むユウに、レボルトは軽く悪寒を覚えた。
嫌な予感しかしない。

「レボルト、君イヴが成人するまで仕事しなくていいよ!育児に集中してね!!」

「……は?」

あまりの爆弾発言に、頭が着いていかない。

成人とは、寿命がないこの楽園において、その人物の成長が止まる事をさす。
楽園に住む人間は、年を取らない。つまり一定の年齢になると成長が止まり、その姿のままで一生を過ごすことになる。
レボルトも例外ではなく、外見は20代後半に見えるが、実際は気が遠くなるほど長く生きている。
ユウやリリスに関してはそれ以上だ。

だが、成人の時期は人によって差がある。
レボルトでは27だったが、リリスは28、仕事仲間には58や7の者もいるといったように、その時期は不安定なものだ。

よってイヴの成人の時期も定かではない、つまりレボルトの仕事復帰の目処も不明なのだ。

「育児に集中?俺に死ねと仰るんですか?」

人嫌いのレボルトにとって仕事は生き甲斐だった。

その仕事が出来ない挙げ句、子供の世話をするなど冗談じゃなかった。

眉根を寄せてユウに反論すれば、リリスが不服気にレボルトを睨んでいた。

「我儘な男だこと。こんなに可愛いイヴちゃんとずっと一緒に居られるなんて幸せじゃない!なんなら、私が変わってあげたいぐらいだわ」

「じゃあ変わってくださいよ」

むしろ喜んで譲る。

「それが出来れば私も苦労しないのだけれど」

ユウ様が駄目と仰るから。
レボルトを見てにっこりと笑ったリリスは、それはそれは楽しそうだった。

日頃表情を変えないレボルトの、一喜一憂する様子を観察するのが楽しいらしい。

蛙の子は蛙。やはりあの親あって、この娘らしい。

(根性が腐っている所はそっくりですね)

そんな所は似なくてもいいだろう、むしろ似て欲しくなかった。
レボルトは、イヴの将来が今から心配になった。

(こんな性悪ババアは一人で充分ですよ)

イヴがまともな人間に育つ事を祈る。

「ユウ様?」

額の皺を五割増しにし、ユウに圧力を掛けてみる。
効かないのは解っているが、そうでもしなければやってられない。

「そんなことしても、怖くないって。ま、そう怒らないでよ。とにかく、これは決定事項だから」

それだけ言うと、ユウはリリスを引き連れてそれはそれは満足そうに帰っていった。
本気で殺してやろうかと、その時レボルトは考えたのだった。


*  *  *  

「レボルトも一応人間だったんだねー。僕は驚いたよ」

部屋を出た先で、ユウは不服気なリリスに満足そうに微笑みを返した。
あの鉄面皮のレボルトに子育てを任せるのは、正直なところユウも心配だったのだ。
だが以外とあのコンビは、お互いにいい影響を与えるかもしれない。

自分が育てた娘は少しひねくれた性格になってしまったし

「ユウ様、その目はなんでしょう?」

「いや別に?」

「な…なんです?その『育て方を間違えたー』みたいな、可哀想な子を見るような目は」

正直ビンゴである。何故こういう勘だけは冴えるのか。

(やっぱり……僕に子育て向いてないなぁ)

無駄に鋭いところ等、似なくていいところが似てしまった。

アダムといいリリスといいどこかしらひねくれているのは、おそらく自分の育て方のせいだろう。
ユウはもう一度リリスを見て、深々と溜め息を吐いたのだった。


*  *  *

残されたレボルトは、再び熟睡中のイヴを、複雑な表情で眺めていた。

とりあえず、布団に寝かせようと思ったのだが、イヴはレボルトの服を掴んで離そうとしないのだ。
よって、イヴは未だにレボルトの腕の中だ。

(面倒な事になったものですね)

嫌な上司に囲まれて、よくこんなところで使用人頭なんてやっているものだと、レボルトは自分の事ながら同情で溜め息をついた。

仕事に行きたくともユウのせいで、イヴが成人するまで行くことは出来ない。
どのみち暫くは、この小娘から離れられないのならば育ててみるのも暇つぶしにいいかもしれない。

ユウの思い通りになるのは癪に触る、だがやることもない。
レボルトの中で何かが吹っ切れそうになっていた。

やるなら徹底的に、ビシバシと、誰もが振り返る立派なレディーに育ててやる。
意地でもあんな性悪女や自分に負けず劣らずの鉄面皮の赤毛男や、阿保な神のようにはしない。

純真な、普通の子に育って欲しい。

これ以上問題が増えるのだけは避けたい。

それだけが、レボルトの心からの願いだった。


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