07.宰相と庭師
翌朝、レボルトは自室にどこか違和感があることに気付いた。

いつもは殺風景で冷たい部屋。だが今日は暖かみがある。

やがてその温もりの正体が、腕の中でうずくまっている少女だと気付いた瞬間、自分でも情けないぐらいに顔がにやけてしまった。

昨日アダムに会った瞬間に、錯乱して倒れた伊吹。

とりあえず寝かせようと、伊吹を自分の部屋に運び、ユウとエフィアにその事を報告した。

エフィアは『レボルト!しっかりしてください!』と激怒してレボルトに突っ掛かって来たが、ユウはあっけらかんとしたもので、『お大事にね』とだけ言うと、とっとと引っ込んでしまった。

以外な対応に内心驚いた。
だが彼にとってはユウの反応などどうでもよかった。

微笑みながら伊吹の髪の毛をすく。

拒絶されるとばかり思っていただけあって、この展開はかなり嬉しい。

思ったよりも自分は嫌われていない事にほっとした。
いつまでもこうしていたい所だが、レボルトには仕事がある。

仕事をしなければとベッドから降りようとしたが、眠っている伊吹がガッシリとレボルトのシャツを掴んでいる為出来なかった。

引き剥がそうとするも、かなりの力で握っているのか全く剥がれる気配はない。

「イヴ、起きて」

無反応。

「ねえ、流石に行かないとまずいんだけど」

身体を軽く揺すると、微かに伊吹の目蓋が動いた。
あと一押し。

「イヴ、離さないと襲うよ?」

「…っ!?」

今まで眠っていたのが嘘の様に伊吹が飛び起きた。
最初からこの手段に出れば早かったのかもしれない。

「じゃあ俺仕事があるから行くねって・……イヴ?」

氷の様に固まってレボルトを凝視している伊吹。
なにやらしきりに口をパクパク動かしている。

「い……」

「い?」

どこか痛いのだろうか。
心配になって、彼女のおでこに手を当て顔をのぞき込んだ。

「いやぁぁぁぁぁ!!」

その直後、伊吹の叫び声が城中に響き渡った。


「イヴ様!ご無事ですか!?」

悲鳴を聞いたのか、何処からともなくエフィアが表れ、部屋のドアをぶち壊して中に乱入してきた。

文字どおり、壊して。

現在ドアはただの木屑と化している。

エフィアがそこで見たものは、どう見ても『無抵抗の女に夜這いしに来た図』にしか見えなかった。

「……レボルト?貴方、イヴ様に何をしているのですか?」

バキボキと笑いながら腕を鳴らすエフィアが、レボルトにはさながら大魔王に見える。

「いや、これには訳が……」

「問答無用!!」

バキッ!ボキッ!

城中にレボルトの断末魔が響き渡った。

「イヴ様、ご無事ですか!?なにもされていませんよね!?」

「う……うん」

(それよりレボルトは大丈夫かしら……)

先程の乱闘を、一人呆然と見ていた伊吹。
ちょっとレボルトには悪い事をしたかもしれない。

起きた瞬間は頭が働いておらず、レボルトに夜這いされたのかとおもわず叫んでしまっが

(……昨日助けてもらったんだっけ?)

心の中でごめんと謝っておくも、時既に遅し。
地面に倒れているレボルトは、半殺し状態だった。

「嗚呼!ご無事なのですね!本当にご無事でよかった!」

キラキラキラーと、エフィアの目線が痛い。

(やっぱりエフィアさんって危ない人……?)

前から思っていた事だが、エフィアは伊吹に関しての事柄に、異常な程オーバーリアクションだ。

彼女のお陰で自分の身は守れそうだが、逆に鉄壁過ぎて誰も伊吹に近寄れなくなるのではないだろうか。


「さあ、こんなアホは放って置いて、行きましょう。ユウ様がお呼びです」

「ユウが?」

「はい」

ニコニコと笑いながら部屋を出ていくエフィアに、伊吹も続く。

部屋を出る間際伊吹は、一瞬だけレボルトを見た。

(ご……御愁傷様)

だがあくまでレボルトは他人なので、感想は薄い。
伊吹は催促するエフィアの声に続き、部屋を後にした。

伊吹がエフィアに案内されたのは、玉座の間だった。
玉座は、伊吹がいる場所より高くなっており、強制的に上を見上げるはめになる造りになっている。
腰かけているのはユウなので余り威厳はないが。


「やあイヴ、体調はどう?」

「……今は大丈夫よ」

「そっか、よかった。じゃあ彼に会っても大丈夫だよね?」


ユウは側に控えていたエフィアに指示を出すと「すぐ来るからね」と満面の笑みを浮かべた。

(『彼』って……誰?)

頭の中に一瞬、庭で出会った赤毛の青年が過ったが、頭を振って降りはらう。
だが、嫌な予感というのは的中するもので、エフィアが連れて来たのは、確かに昨日出会った赤毛の男だった。

男は、伊吹を見ると僅かに目を見開いた。
だが、直ぐに元の無表情に戻すと、玉座の横に立った。
玉座の横に立てるという事は、男はかなり身分が高い筈。

だが、いくら身分が高かろうが、最初の印象が最悪なので、嫌悪感は否めない。

今日は彼を見ても血の幻覚は見えなかったが、またいつ見えるか解らない。

伊吹は出来るだけ、男の顔を見ないように努めた。

「イヴ、この子は『アダム』。彼は優秀でね?宰相をやって貰っているんだ。」

宰相、王を補佐し、王に次ぐ最高位の権力者。

「……よろしく」

アダムは伊吹を見て、抑揚なく無感情にそう呟いた。
無愛想で無表情、そして危険。

いくら丁寧に挨拶されても、初対面の時とあまり印象は変わらなかった。

「……よろしく」

どことなくぎこちない空気が室内に蔓延する。

ユウはそんな空気等いざ知らず、能天気に爆弾発言をした。

「僕はね?イヴ、君をアダムの妻にと考えているんだ」

「……は?」

今、ユウは何を言ったのだろうか。

(私が……アダムの妻?)

伊吹は全身の血の気が引いていくのを感じた。
嫌悪感を抱いている相手の妻等冗談ではない。

「嫌よ!どうしてそういう話になるの!?そもそも私はまだ16歳であって!」

「年齢なんて、どうでもいいと思うけど?ま、無理強いはしないし好きにしなよ」

年齢はどうでもいいのか。

「アダム、貴方だって納得いかないでしょ?」

同意してくれる事を祈ってアダムを見る。

「俺はどちらでも構わない。正直、嫁などどうでもいい」

相変わらずの無表情でアダムは伊吹を見た。
血の色をした赤。

何を考えているのか読めない。

伊吹は、血の幻覚の一件が無かったとしても、アダムの事は苦手だと思った。

「……話にならないわ」


伊吹はユウに背を向けると、足早に部屋を後にした。

『お待ちください!』というエフィアの声が聞こえた気がしたが、そんなことどうでもいい。

苛立ちながら廊下を歩く事数分、庭で植物に水をやっているレボルトが見えた。

思っていたより真面目に仕事をしている様子に、伊吹は内心驚いた。

「貴方もちゃんと仕事をするのね」

声を掛ければ、困った顔をしながらレボルトが振り返った。

「……君の中の俺ってどういうポジション?」

「ロリコン不審者変態」

がっくりという効果音が聞こえて来そうな程、レボルトのテンションがあからさまに下がった。
かわいそうに思えたので、伊吹は一応補足しておいた。

「別に貴方が嫌いな訳じゃないのよ?ただ……趣味を疑うだけ」

(ちょっと……いや、かなり趣味がおかしいと思うの。)

この城には伊吹より美しいメイドがたくさんいる。

にも関わらず、レボルトは伊吹を気に入っている。

レボルトだけにとどまらない。

エフィアやユウだって自分を気に入っている。

挙げ句の果てに嫁入り話だなど、趣味がおかしいとしか思えなかった。

「…………なんで、私なの?」

「ん?なにが?」

花に水をやりながら、レボルトは伊吹の言葉に頷いた。

「…こっちの話」

伊吹は遠い目をしてため息を吐いた。そのまま近くのベンチに腰かける。

(現実世界では、私って嫌われるタイプなのに)

やはり夢なのだなぁと、改めて実感する。

「ねえ、さっきからなんでため息吐いてるの?」

「なっ……!?」

いつの間に側に来たのだろうか。

伊吹が声に反応し顔を上げれば、唇が触れ合いそうな距離にレボルトの顔があった。

「悩んでるなら相談に乗るけど?」

疑問系だが、瞳は同意を求めていなかった。

どちらかといえば「言え」という命令系。

言わなければ何をされるか解ったものではないので、渋々質問に答える。


「ユウにアダムの嫁になれって言われたのよ」

「……そっか」

興味など全くない様な返事をしたレボルト。だが明らかに纏う空気が変わった。

「了承したの?」

「するわけないでしょ?」

レボルトを睨み付ける。すると、面白いと言うように、彼は笑った。

「なんで?別に悪い話ではないじゃないか。宰相の妻だよ?お得だと思うけど?」

まるで嫁入り話を喜んでいる様な口調。
だが纏う空気は相変わらず絶対零度のまま。

「気のせいかしら、嫉妬しているみたいに見えるんだけど」

(恋人でもないのに……)

だが確かにレボルトは嫉妬している様に見えた。
もちろん嫉妬される様な、甘い関係ではないが。

「嫉妬しているんだよ?」

「え……?」

軽い冗談のつもりで言ったのに肯定されてしまった。
そのまま近付いて来る唇を伊吹は、拒まなかった。

否、『拒めなかった』

深い口付けに息が詰まる。
すがる様にレボルトのシャツを握れば、クッと低く笑う声が聞こえた。

「拒まないの?」

キスの合間にレボルトが伊吹の耳元で囁く。

「……拒むだけ無駄でしょ」

強がってそう吐き捨てると、レボルトはにぃっと不気味な笑みを強めた。

「物分りが良くなった?」

そう言って、彼はもう一度伊吹に口付けを落とした。

「もっと縋ればいい。俺がいないと生きられない程に」

ニヤリと勝ち誇った様に笑うレボルトはさながら悪魔の様。

その時伊吹は、理解してしまった。

きっと自分はレボルトから逃げられないのだろうと。

だがそれでいいと思う自分もいる。

レボルトの首に手を回せば、微かにレボルトが動揺するのが伝わってきた。

予想外の行動だったらしい。

だが直ぐに落ち着きを取り戻すと、口付けが更に深いものになった。

だが受け入れたのは伊吹の方。

目蓋を閉じれば、世界がレボルトの色に染まる。

「…………ごめん」

口付けの途中、そんな声を聞いた声がした。

「……愛してる」

夢が現か幻か。
真実はイヴには分からない。

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