桜の下の少女
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(夢か……)

今更何故こんな夢を見るのだろうか。

ここにいると、妙に感傷的になってしまう。

今更こんな事を思い出してなんになると言うのだろう。
あんな記憶、ほじくり返すより蓋をして置いた方がいいに決まっている。

だが、人と向き合う為には、自分の内側をかえりみなければならない。

そう考えると、この夢はある意味見られてよかったのかもしれない。

そう決めて由香はこの町にやって来たのだ。
この場で真実から逃げる事等許されないから。

「由香姉見てみて!」

由香がリビングに降りていくと、可奈が真新しいセーラー服をかがげてきた。

だが、小柄な可奈が着るには少し大きい様な気がした。
しかし、可奈の年齢を考えれば、彼女は今年高校に入学する筈。
伯母の身長から考えても、可奈はまだまだ伸びるだろう。そう考えると丁度いいのかもしれない。

そう考えて、よく似合うよ、とコメントすると、可奈は膨れっ面になってしまった。
由香の反応がお気に召さなかった様だ。

「もう!これ、由香姉の制服だよ!!」

「え…?私の……?」

「そうよ、由香ちゃん。
貴女はここの高校に転入するんだから、新しいものを用意して当然でしょ?」

キッチンの奥から顔を出した伯母は、軽く由香にウィンクをした。

自分が気付かない内に、いつのまにか何から何まで伯母と兄が手続きを済ませてくれたらしい。

(情けない)

「あの、何から何まで…ありがとうございます」

全部人任せにしてしまって、自分は厚かましいのではないだろうか。
そう思いかしこまって礼をすると、茜はふっと表情を弛めた。

「由香ちゃん、もう少し気楽にしてもいいのよ。私達は、家族なんだから」

「そうだよ!由香姉は私のお姉さんになったんだから!」

笑顔で抱きついてきた可奈に、由香はじーんと心が暖まっていくのを感じた。

「…ありがとう」

そう言うと可奈は嬉しそうに微笑んだ。
本当に妹が出来た様で、由香は嬉しさから僅かに頬を弛めた。

だがそこで、一つ疑問を覚えた。

回りを見渡しても、いつもはいる筈の兄が今はいないのだ。

叶夜は現役の大学生であり、某有名大学に通っているのだが、なんでも軽くこなしてしまう優秀な兄はもう必要な単位をほとんど取ってしまっている。

なので普段はバイトか、そうではない時はずっと家にいる。
それでも、稀にどうしてもいかなくてはならない授業があるらしく、そういう時にはいかなくてはならないらしい。

だから今回はそういう事情なのかと思い茜に聞くと、案の定「大学に行く用が出来た。」との回答だった。
和真も見当たらなかったが、彼とはあまり会いたいとは思えなかったので、あえて何も聞かなかった。

「そうですか」

「由香ちゃん、敬語はなし!私の事も昔みたいに茜ちゃんって呼んでいいのよ?」

「いえ、それは……」

確かに由香は昔は茜の事をちゃん付けで呼んでいた。
しかし「茜ちゃん」と気安く呼ぶには、離れていた時間が長すぎる。
それに

(今の私に、伯母さんをそんな風に呼ぶ権利なんて)

落ち込んで黙り込む由香に、伯母はにっこりと微笑んだ。

「由香ちゃん、敬語はなしって言ったでしょ?あ……もしかして私嫌われてる?伯母さん寂しいなぁ。」

「違いまっ!……あ。……ち……違うの。嫌いになった訳じゃ……ない……」

言われた通り敬語を外して反論すると、茜は満足したのか半ば強引に由香に抱き着いてきた。

初めてこの家に来た時、由香は茜の包容を拒んだ。
だが、今回はされるがままでいた。というより強引に胸に押し付けられている為、息苦しくて抵抗どころではなかった。

「うーん!!やっぱり敬語よりそっちの方がいいわね。……かわいいかわいい」

「伯母さんっ!!く……苦しいっ!!」

彼女なりに由香を誉めてくれているのだろうが、由香からしてみれば息苦しい。
それに少し気恥ずかしい部分もあった。

ばんばんと軽く茜の肩を叩くと、ようやく茜に意思が通じたのか彼女は少しだけ力を緩めてくれた。

「あら、ごめんなさい。……苦しかった?」

「は…はい…」

ゼエゼエと息をしながら返答する。

すると、伯母はますます嬉しそうに由香を抱き締めてきた。

その後、窒息死寸前の由香を見て、可奈が必死の形相で茜を止めるまでその包容は続いたのだった。

朝食を三人で済ませ、部屋に戻ろうとすると、「由香ちゃん」と茜が由香を引き留めた。

「どうしたの?」

「これから可奈の学校の説明会があって、私たち出掛けなきゃならないんだけど…、由香ちゃん一人で大丈夫?」

一人で留守番。

それぐらい普通の高校生なら出来る当たり前の事。
だが、由香は育った環境が環境なのでそれすらも危うい。

心配してくれた伯母の気遣いは嬉しかった。事実由香は一人になる事が恐ろしかった。

だが、そんな甘ったれた事は言ってられないのも事実。

由香は泣きたいのを我慢して、ぎこちない笑顔で大丈夫ですと返答した。

茜と可奈は出掛ける寸前まで由香の事を気にしてくれていた。

「本当に大丈夫?」

「由香姉、怖くなったら電話してね!」

「大丈夫、行ってらっしゃい」

由香は、やんわりと今の自分に出来る最大級の笑顔で、出掛けていく二人に手をふった。

一人家の前に取り残された由香は、笑顔を崩しておもむろに港家の回りを取り囲む様にして生えている桜の木に目を向けた。

港家は、少しだけ切り開かれた山の中に立っている。
夏休みにはよく4人で野山を駆け巡ったのを思い出す。

でもそれは昔の話だ。

今、由香にとって森は恐怖の対象でしかない。

いつか、また昔の様に自由に外を出歩ける様になればいいと思う。
だが、今の由香は誰もいない場所は吸血鬼の恐怖に怯え、人がいる場所では人間に怯えなければならない。

ザアッと強い風が吹き桜が一斉に散る。

あまりの風に髪を押さえながら由香は咄嗟に目を瞑った。

目を開くと視界を覆いつくすその桜のその向こう側に、美しい一人の少女が凛と立っていた。

綺麗な金髪に雪の様に白い肌、まるで血の様に深い赤色の目。

山の風景にはミスマッチな闇色のゴスロリを纏ったその少女は、風にツインテールを揺らしながら、由香を射抜く様に見詰めていた。

そして、由香と目が合ったその刹那

少女は妖艶に、微笑んだ。
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