重ならない心
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「おっかえりー!」

港家に戻ると、先に叶夜と可奈が帰っていた。二人の様子は対照的だった。
やたらと上機嫌で和真と由香に挨拶をしてきた可奈とは反対に、叶夜は魔王のような存在感を放ち、腕を組み仁王立ちで二人を、主に和真を睨み付けていた。

「おかえり、由香。……さて、和真。妹に手を出したんだ。死ぬ覚悟は出来てるよね?」

和真に絶対零度の眼差しを向け、叶夜は本気で殴り掛かりそうな勢いだった。

「お兄ちゃん落ち着いて!ち、違うの!!ただ和真は私の買い物に付き合ってくれただけで!!」

鞄から和真に先程渡された袋を取り出す。
大きさからして何かアクセサリー用品のようなものが入っているように見えるが、まだ開けていないので中身は不明だ。

突っ込まれた質問をされたら終わりだが、叶夜は思いの外由香の言葉を鵜呑みにしてくれた。
そうして、由香にではなく和真に疑いの目を向けた。

「本当に、手は出してないんだね?」

「だから、誰がこんな女恋愛対象に入れるかっての」

「こんな女……?……由香、やっぱりこいつはここで殺しておいた方が」

「お兄ちゃん……!私は気にしてないから!だから落ち着いて!」

殺気立ちわなわなと震える叶夜の腕に掴みかかり、由香はなんとか叶夜を宥める事に成功した。

「……まあ、由香がそう言うなら」

呆れたように目を閉じ溜息を吐き、叶夜は和真を殴ろうと振り上げていた腕を下げた。
なし崩し的な事とはいえ、妹からのスキンシップがよほど嬉しいのか、気分はかなり上向いているように見えた。

そんな叶夜の機嫌を損ねるのは忍びないのだが、曖昧にする訳にも行かず、和真は叶夜の腕に抱き着いたままだった由香を引きはがし自身の後ろに隠すようにすると、叶夜に正面から啖呵を切った。

「ちょっと面貸せよ」

叶夜は至って平静だった。
ただ、その顔に浮かんでいたのは底冷えのする無表情だけだった。
だが、背後に控える由香が怯えているのを察知すると、彼女の好む優しい兄の表情へと雰囲気を一転させ、温和な笑みを浮かべた。

「それは別に構わないけど、何の用?」

「こいつの事で一つ言いたい事がある」

こいつ、と突然和真に指さされ、由香は狼狽した。
和真へと向けられていた叶夜の眼差しが一気に集中する。

「そ、そのお兄ちゃんに、お、お願いがあって……」

「お願い?」

叶夜は無理矢理和真を押し退けると、呼び止める声等聞こえないとばかりに、真っ直ぐに由香の頬に手を伸ばした。

「可愛い由香のお願いなら、僕は何だって聞くよ?……どうしたの?」

浮かぶ笑みは極上のもの。
触れる腕は優しく、至極上機嫌だ。
これならいけるのではないか、と一筋の希望が射した。

「あのね、わ、私……」

「うん」

「と、友達と、あ、遊びに行きたくて……!だ、だから外出禁止を一日だけでいいから解いて欲しくて……!だ……駄目……かな?」

「……一体、どこからそんな入れ知恵をされたんだろうね」

叶夜は上機嫌から一転、一気に機嫌を急降下させた。
目を細め由香を見る眼差しは責める色を含んでいる。
そのあまりの気迫に、由香は何も言えずただ息を呑んだ。

「分かった。上でじっくり話そうか」

由香の頬に置かれていた腕を離し、屈んでいた姿勢から元の立ち姿に戻ると、叶夜は和真に対し不自然なまでに満面の笑みを向けた。

「叶兄、そ、その……」

「可奈は部屋に戻ってなさい」

ついて来ようとする可奈を冷たくあしらい、叶夜は由香の腰に腕を回すと妹と共に階段を登って行った。
一瞬、和真は可奈に声を掛けるか迷い彼女に対し視線を向けたが、結局何も話しかけぬまま、青桐兄妹を追い掛け自身も階上へと歩を進めた。

叶夜の部屋は、由香が前に訪れた時と何ら変化のない、相変わらず殺風景な場所だった。
整えられていると言えば聞こえはいいが、ようは綺麗過ぎて不気味なのだ。

叶夜は机の備え付けの椅子に座り、和真と由香がベッドに二人して腰掛ける形となる。

回転式の椅子に座り、叶夜は迷いなく由香の目を捉え続けていた。
それがどうにも気まずくて、由香は誤魔化すように口を開いた。

「あ、あの……お兄ちゃん。その……駄目?」

「別に「駄目」の一点張りで通す気はないよ。事情を聞かせてくれるかな?」

にっこりと、そう効果音が付きそうな程の満面の笑みを叶夜は浮かべていた。
その微笑みに載せられるままに口を開こうとすると、制するように横でダンマリを決め込んでいた和真が口を挟んだ。

「だから、日曜に学校の友達と出掛けたいから外出禁止を解除しろって言ってんだろ」

「君には聞いてない。僕は、由香の口から聞きたい」

「えっとその……」

「由香、話して」

「い、依織ちゃんっていう子に……一緒に学校の近くのお店で買い物しないかって誘われて……だ、だからその……遊びに行きたいんだけど……駄目……かな」

勿論全て嘘だ。
兄を騙し欺くようで気は引けたし、依織にも悪いとは思うが、どうしても引きたくはなかった。

叶夜はしばらく思案するように腕を顎に当てていたが、彼の中で答えが出たのか、次の瞬間には由香に対し穏やかな笑みを見せていた。

「行ってもいいよ」

「ほ、本当に……!?」

「由香も、もう16だしね。それぐらいは、僕も問題ないと思う」

にこにこと至って上機嫌そうな叶夜に、由香はほっと胸を撫で下ろした。
だが、和真はどこか釈然としなかった。
妹命、妹の為なら死ねると平然と口に出して見せるこの男が、そう易々と彼女を手放すのか。

深く考え過ぎか、と和真は無理矢理疑念を振り払った。
叶夜が由香の外出を一時的とはいえ認めたのだから、今回はそれでいいではないか。

「和真、君は先に部屋に帰ってくれる?僕は個人的に由香に話があるから」

椅子から立ち上がり、叶夜は和真に見下すような眼差しを向けた。
その言葉と態度に、嫌な予感が和真の脳裏に過ぎる。

「……俺がいたらまずい話なのか、それは」

「せっかくの由香との時間を、むさ苦しい君みたいな男に邪魔されたくないから」

穏やかに和真に笑みながら、瞳の中に確かに宿る、自身の妹に対しては決して向けない汚い感情を真正面から和真にぶつける姿は最早滑稽ともいえる。

有無を言わせぬ、魔性じみた笑みに、若輩者の和真は何も言い返せず、何処かもやっとする気持ちに苛立ちながら、和真は由香を残し部屋を後にした。
叶夜に一身に愛情を捧げられている彼の妹と、何を考えているのか全く読ませない兄だけが残される。

「由香」

「は、はい……」

優しく、それでいてほんの少しの苛立ちを含んだ呼び声に、由香は体を固くしながら目を閉じ怯えを顕にした。
次の瞬間に訪れたのは、柔らかく両肩に置かれた手の感触だった。
驚きに恐る恐る目を開くと、膝を折り、由香に目線を合わせて真っ直ぐに少女を射抜く目がある。

「由香にも付き合いがあるだろし、仕方なく了承したけど、本音を言うと、僕は反対だ」

「……お兄ちゃん」

「重いっていう自覚はあるけど、それでも、僕は由香が心配なんだ。分かるよね?」

「……うん」

頷きながら、七年前、病院で目をあけた時、泣きながら手を握っていてくれた叶夜を思い出す。
甲斐甲斐しく由香の傍に侍り続け、由香の為を思い、ずっと守っていてくれた。
妹を失う事に何よりも、由香本人よりも怯え、ずっとずっと、由香の傍にあろうとした。守ろうとした。

この人の庇護下から離れていく事はたまらなく不安だ。
それでも、叶夜にとってもこのままでは駄目なのだと思う。

眼前の叶夜を見て由香は確信した。

「お兄ちゃん」

「何?」

「私、お兄ちゃんの妹で良かった」

不安気な叶夜を慰めるように、由香は自ら叶夜の頬に手を伸ばした。
今はまでの感謝を伝えるように、心の底から笑みを浮かべる。

こんな拙い言葉でも喜んでくれるだろうかと、不安気に叶夜の顔を確かめるように目を開く。

眼前の叶夜は、笑っているような泣いているような怒っているような、色んな感情をまぜこぜにしたような、複雑な顔をしていた。

「お兄ちゃん?」

不安になり名を呼ぶと、叶夜は何かを堪えるように何度か口を動かした後、少女の名を淡々と口に出した。

「由香は……」

そして、一度その先を飲み込み、再度口を開く。

「……いや、何でもない。日曜日、楽しんでおいで」

立ち上がり、座ったままの由香を強く腕の中に収め、叶夜は静かに囁いた。
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